PrOACT-URLと診療ガイドラインにおける益と害の解析

PrOACT-URLはProblems, Objectives, Alternatives, Consequences, Trade-offs, Uncertainty, Risk tolerance, Linked decisionsの8つのステップからなる一般的な意思決定を行う方法ですが、欧州医薬品局は許認可の際の手順としてこれを適用しています。

PrOACT-URLはFovorable effects望ましい効果すなわち益とUnfavorable effects望ましくない効果すなわち害を解析することを重要な目的とする一連の手順と言えます。

Problemでは、1. 問題の性質と文脈を明らかにし、2. 問題の枠組みを決めます。
Objectiveでは、3. 達成すべき全体としての目的を示す目標を決め、4. a) 望ましい効果とb)望ましくない効果に対する評価基準(Criteria)を決めます。
Alternativesでは、5. 評価基準を用いて評価する介入の選択肢(Alternatives)を決めます。
Consequencesでは、6. 介入の選択肢がそれぞれの評価基準に対してどれくらい効果があるかを記述、すなわち、すべての効果の大きさとそれらの望ましさあるいは重大さ、およびすべての効果の頻度を明らかにします。
Trade-offでは、7. 望ましい効果と望ましくない効果のバランスを評価します。
Uncertaintyでは、8. 望ましい効果と望ましくない効果に伴う不確実性を報告し、9.望ましい効果と望ましくない効果のバランスが不確実性にどのような影響を受けるかを考えます。
Risk toleranceでは、10. 当該医薬品に対する意思決定者のリスクに対する態度(Risk attitude)の相対的重要性を判断し、11. これが9で報告されたバランスにどのように影響するかを報告します。
Linked decisionsでは、12. 過去の類似の意思決定とこの意思決定の一致について考え、この意思決定が将来の意思決定に影響しうるかを評価します。

“Effects Table”に望ましい効果と望ましくない効果が一覧できるようまとめることを推奨しています。

診療ガイドライン作成における益と害の解析の手順とほとんど同じように見えますが、異なる用語が使われているので、まずそれを見てみましょう。

Problemはクリニカクエスチョン、文脈というのは重要臨床課題あるいはAnalytic framework、あるいは診療アルゴリズムに該当するでしょう。

Objectiveは評価基準Criteriaがアウトカムoutcome measurementに相当します。益のアウトカムと害のアウトカムの両方を設定するのは同じです。目標を決めるというのはクリニカルクエスチョンの設定に近いと思います。

Alternativesはクリニカルクエスチョンで設定する介入のI/C (Interventions/Comparators)に相当します。治療選択肢に該当します。OptionsあるいはTreatment optionsではなく、Alternativesという言葉が使われています。

Consequencesは”目的に影響を与える事象eventの結末”で、リスクマネージメントの分野では、”結果”と訳されているようです。ここでは、各アウトカムあるいは各アウトカムに対する効果推定値に相当するでしょう。

Trade-offは望ましい効果と望ましくない効果のバランスということなので、診療ガイドライン作成の場合はTrade-offという言葉ではなく望ましい効果と望ましくない効果のバランスあるいは益と害のバランスという言葉が直接使われていることになります。

Uncertaintyはアウトカムごとの介入の効果の不確実性のことを言っているので、アウトカムごとのエビデンス総体の確実性と同じことになります。不確実性が望ましい効果と望ましくない効果のバランスあるいは益と害のバランスにどのように影響するかを評価することは同じように求められています。ただし、診療ガイドライン作成の場合は、確率的感度分析を行うことはあまり行われてないので、今後の課題だと思います。

Risk toleranceリスク許容度は診療ガイドラインの場合は、評価項目として明確には設定されていないと思います。Risk seek, Risk neutral, Risk avertのようなリスクに対する態度の違いが推奨にどう影響するかはフォーマルには検討されていないと思います。リスクが高くても、うまくいけば非常に大きな効果が得られるのであれば、その医療を受けようと考える人もいますし、リスクが低くないと大きな効果が得られることがあるとしてもその医療は受けたくないという人もいます。また、診療ガイドライン作成グループとしてのリスクに対する態度も推奨作成に影響します。各アウトカムの重要性を決める際にもリスク許容度が影響し、Risk avertな人は副作用などの害に対する重要性を相対的に高く設定するでしょう。

Linked decisionsは他の診療ガイドラインや過去の診療ガイドラインの推奨との整合性をチェックしたりすれば、同じようなことをしていることになりますが、スコーピングサーチである程度カバーされるかもしれません。

両者は考え方はほとんど同じだと思いますが、もともと対象と目的がかなり違うので、科学の同じ成果が少し違う形で適用されているように思えます。異なる点についてリストアップしてみました。

項目PrOACT-URL診療ガイドライン作成
解析の範囲医薬品の審査なので当該医薬品が中心対象疾患に関連するすべての診断的・治療的介入
解析の対象多くの場合、承認の可能性が高い、効果が十分大きく確実性が高い医薬品効果が小さい、不確実性が大きい介入も解析対象となる
解析データ論文化されていないデータも解析対象になる主に論文化されているデータが解析対象になる
推奨の目的当該医薬品の承認の可否決定の支援介入を実行すべきかの意思決定の支援
リスクトレランス明確に考慮され、推奨された医薬品では小さくなる可能性が高い明確に考慮されるステップはなく、大きくなる場合もありうる
発行後の調査ポストマーケットのサーベイランスも含まれる推奨順守のサーベイランスはほとんど行われないか限定的

一方、共通点は

  1. 比較する対照が(複数)ある。
  2. トレードオフを前提に益と害の両方を複数のアウトカムにわたって解析する。
  3. 患者・介護者の選好が正味の益の大きさに影響する。
  4.  不確実性に対処する必要がある。

診療ガイドラインの場合は、ランダム化比較試験がほとんど行われていない分野も多く、診断的・治療的介入の効果について不確実性が大きく、正味の益が十分であることに確信を持てない場合でも推奨を作ることが求められるという点が一番の違いかもしれません。

先に述べたように、両者がよりどころにしているのは科学の同じ成果であり、論理的で科学的であることを最大限追及することを前提にしていますが、取り入れている分野や重要視する分野が全く同じではないことがわかります。Decision science、Risk managmentなどの分野の成果がより多く取り入れられているように思えます。

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