EPA Entrustable Professional Activities ”委託可能な専門的活動”

Entrustable professional activities (EPA)とは”委託可能な専門的活動”のことです。研修生がその活動を監督なしで実行するために必要な能力を発揮した後に、研修生に全面的に委託することが可能な専門的実践の単位である”とされています。

アメリカ医科大学協会 Association of American Medical Colleges (AAMC)はレジデンシーに入る前に、すなわち医学部を卒業する際に、必要な13のコアEPAを提示しています。

Obeso V, Brown D, Aiyer M, Barron B, Bull J, Carter T, Emery M, Gillespie C, Hormann M, Hyderi A, Lupi C, Schwartz M, Uthman M, Vasilevskis EE, Yingling S, Phillipi C, eds.; for Core EPAs for Entering Residency Pilot Program. Toolkits for the 13 Core Entrustable Professional Activities for Entering Residency. Washington, DC: Association of American Medical Colleges; 2017. aamc.org/initiatives/coreepas/publicationsandpresentations

AAMCがどのような組織なのかは、Who We Are -AAMCに説明があります。

EPAは後述するように、複数のコンピテンスのドメインから構成されています。以前から医学部卒業生に必要なコンピテンシーが6つ挙げられていましたが、2つ追加されて8つになっています。以下の通りです。

Physician Competencies Reference Set (PCRS) – FINAL, July 2013には医師に必要なコンピテンシーのドメインとして以下の8つの項目を上げています。これらについては、上記のリンク中のCore Entrustable Professional Activities for Entering Residency: Curriculum Developers’ GuideのAppendix Cに記述されています。

1. 患者のケア(PC Patient Care): 健康問題の治療と健康増進のために、思いやりのある適切かつ効果的な、患者中心のケアを提供する。
2. 実践のための知識(KP Knowledge for Practice): 確立された生物医学、臨床医学、疫学、社会行動学に関する知識と、これらの知識を患者ケアに応用できることを示す。
3. 実践に基づく学習と改善(PBLI Practice-Based Learning and Improvement): 自己の患者ケアについて調査・評価し、科学的根拠を評価・吸収し、常に自己評価と生涯学習に基づき患者ケアを継続的に改善する能力を示す。
4. 対人関係およびコミュニケーション能力(ICS Interpersonal and Communication Skills): 患者、家族、医療従事者との効果的な情報交換や協力関係を築くための対人関係やコミュニケーション能力を発揮することができる。
5. プロフェッショナリズム(P Professionalism): 専門家としての責任を果たし、倫理的原則を遵守することを実証する。
6. システムに基づいた実践(SBP Systems-Based Practice):最適なヘルスケアを提供するために、ヘルスケアの大きな文脈とシステムに対する認識と対応、およびシステム内の他のリソースを効果的に活用する能力を実証する。

7. 専門家間のコラボレーション(IPC Interprofessional Collaboration):安全で効果的な患者・住民中心のケアを最適化するために、専門職間チーム に参加する能力を証明する。
8. 個人的および専門的な開発(PPD Personal and Professional Development:): 生涯にわたって自己および専門的な成長を維持するために必要な資質を示す。

略語:PC, KP, PBLI, ICS, P, SBP, and IPC, PPD

概念的な枠組みを構築するために、起草委員会のメンバーはまず、次のような共通認識を持ったと述べられています。

1. コンピテンシー:知識、技能、価値観、態度などの複数の要素を統合した、医療専門家の観察可能な能力。コンピテンシーは観察可能であるため、その習得を確実にするために測定・評価することができる。
2. 委託可能な専門的活動(EPA): EPAとは、専門職としての実践の単位であり、十分なコンピテンシーを獲得した研修生が、監督されずに行うことを任される業務や責任と定義される。EPAは、その過程と結果が独立して実行可能、観察可能、測定可能であり、したがって委託の判断に適している。
3. マイルストーン:マイルストーンとは、あるコンピテンシーの達成レベルを示す行動記述子である(ACGME Milestones projectによる)。

コンピテンシーとEPA(Entrustable Professional Activities)という、文献上有力な2つの概念的枠組みの利点と欠点を検討した後、起草委員会はEPAを採用することにした。なお、EPAとコンピテンシーは相互に排他的なものではないことに留意されたい。それどころか、EPA は定義上コンピテンシーの統合を必要とし、コンピテンシーは(EPA の枠組で提供できるように)パフォーマンスという文脈で評価されるのが最良である。

EPAは仕事の単位であり、コンピテンシーは個人の能力である。EPA の特徴の 1 つは、通常、領域横断的にコンピテンシーの統合を必要とすることである。この概念を本業務に適用するため、起草委員会は、13 の EPA のそれぞれについて、委託を決定するために最も重要な 5~8 のコンピテンシーを決定するためのマッピング作業を実施した。コンピテンシーは、”Reference List for General Physician Competencies “(上記の8つ)から選択した。

図1に学生から専門医までのEPAの関係を、図2にEPA, DOC, Competency, Milestoneの関係を示します。これらは、上記のリンク中のCurriculum Developers’ GuideのFigure 1, 2を翻訳したものです。Fuculty and Learners’ Guideにも同じ図があります。

図1. 医学部学生、卒業時=レジデンシー前、すべての医師、専門医のEPAの関係。
図2. EPA, DOC, Competence, Milestoneの関係とマイルストーンの記述法。


そして、13のEPAに対するツールキットが提供されています。

Core Entrustable Professional Activities for Entering Residency: Toolkits for the 13 Core EPAs.

Contents
EPA 1 Toolkit: Gather a History and Perform a Physical Examination
EPA 2 Toolkit: Prioritize a Differential Diagnosis Following a Clinical Encounter
EPA 3 Toolkit: Recommend and Interpret Common Diagnostic and Screening Tests
EPA 4 Toolkit: Enter and Discuss Orders and Prescriptions
EPA 5 Toolkit: Document a Clinical Encounter in the Patient Record
EPA 6 Toolkit: Provide an Oral Presentation of a Clinical Encounter
EPA 7 Toolkit: Form Clinical Questions and Retrieve Evidence to Advance Patient Care
EPA 8 Toolkit: Give or Receive a Patient Handover to Transition Care Responsibility
EPA 9 Toolkit: Collaborate as a Member of an Interprofessional Team
EPA 10 Toolkit: Recognize a Patient Requiring Urgent or Emergent Care and Initiate Evaluation and Management
EPA 11 Toolkit: Obtain Informed Consent for Tests and/or Procedures
EPA 12 Toolkit: Perform General Procedures of a Physician
EPA 13 Toolkit: Identify System Failures and Contribute to a Culture of Safety and Improvement

13のEPAを翻訳すると以下の通りです。

EPA 1 : 病歴を聴取しと身体診察を実施する
EPA 2 : 臨床的な遭遇の後、鑑別診断の優先順位を決める
EPA 3 : 一般的な診断検査およびスクリーニング検査を推奨し解釈する
EPA 4 : オーダーと処方箋を入力し、議論する
EPA 5 : 患者記録に臨床的な遭遇を記録する
EPA 6 : 臨床的な遭遇について口頭で説明する
EPA 7 : 患者ケアを促進するためのクリニカルクエスチョンを作成し、エビデンスを収集する
EPA 8 : ケア責任を移行するための患者引き渡しを実施するまたは受領する
EPA 9 : 専門家間チームのメンバーとして協力する
EPA 10 : 緊急または救急ケアが必要な患者を認識し、評価と管理を開始する
EPA 11 : 検査や処置のためのインフォームドコンセントを取得する
EPA 12 : 医師としての一般的な手順を実行する
EPA 13 : システムの不具合を特定し、安全と改善の文化に貢献する


利用ガイドとして次の様に述べられています。このツールキットは、「レジデント開始時の中核的な委託可能な専門的活動(EPA)」の実施に関心のある医学部向けのものです。AAMC Core EPA Pilot Groupによって書かれたこのツールキットは、EPA Developer’s Guide(AAMC 2014)に概説されているEPAのフレームワークを拡張したものです。パイロットグループは、学生が医学部のカリキュラムに参加し、臨床技能を統合することに熟達するにつれて、医学教育者が遭遇する可能性のある学生の行動の段階的なシーケンスを特定しました。これらの一連の行動は、EPAを理解するための枠組みを提供するために、13のEPAそれぞれについて1ページの図式で明確にされています。

EPAがどのようなものかは、Toolkits for the 13 Core Entrustable Professional Activities for Entering Residency. Washington, DC: Association of American Medical Colleges; 2017を読まないとなかなか理解できないかもしれません。上記のリンクからFull Toolkit (PDF)を開いてみてください。13のツールキットに関してひとつのファイルとしまとめられています。

Englander Rらの論文から重要用語概念の定義について紹介しておきます。

-コンピテンシーフレームワーク: “相互に関連し、目的を持った一連のコンピテンシーを組織的、構造的に表現したもの”

-コンピテンスのドメイン(領域): 広範な区別できるコンピテンシーの領域で、集合体として専門職の一般的な記述的な枠組みを構成するもの。(著者の定義)

-コンピテンシーリスト:コンピテンシーフレームワーク内の具体的なコンピテンシーを定義したもの。(著者の定義)

-コンピテンス: “ある文脈におけるパフォーマンスの複数の領域または側面にわたる一連の能力 abilities(知識、技能、態度、または KSA)」。コンピテンスに関する記述には、関連する能力、文脈、および訓練の段階を定義するための説明的な修飾子が必要である。コンピテンスは多次元的かつ動的なものである。それは、時間、経験、設定によって変化する” KSA: Knowledge, Skills, Attitudes

-コンピテンシー:”知識、技能、価値観、態度などの複数の要素を統合した、医療専門家の観察可能な能力。コンピテンシーは観察可能であるため、その習得を確認するために測定・評価することができる。”

Englander R, Cameron T, Ballard AJ, Dodge J, Bull J, Aschenbrener CA: Toward a common taxonomy of competency domains for the health professions and competencies for physicians. Acad Med 2013;88:1088-94. doi: 10.1097/ACM.0b013e31829a3b2b PMID: 23807109

Core Entrustable Professional Activities for Entering Residency: Curriculum Developers’ Guideには、13のEPAについて、それぞれ、活動の記述、最も関連のあるコンピテンシーのドメイン、それぞれのドメイン内で委託可能な決断にとって重大な(Critical)コンピテンシー、およびそれぞれの重大なコンピテンシーについて、委託可能前の行動(Behaviors)、委託可能な行動について記述が表にまとめられています。表に続いて、委託可能前の学習者の場合の期待される行動と例、委託可能な学習者の期待される行動と例に対する記述があります。

例えば、EBMに関連のあるEPAである”EPA 7 : 患者ケアを促進するためのクリニカルクエスチョンを作成し、エビデンスを収集する”は、それぞれのドメイン内で委託可能な決断にとって重大なコンピテンシーとして、KP 3, KP 4, PBLI 1, PBLI 3, PBLI 6, PBLI 7, PBLI 9, ICS 2が挙げられています。

例えば、KP 3は、”臨床科学の確立された原理と新しい原理を、診断と治療の意思決定、臨床上の問題解決、およびエビデンスに基づくヘルスケアのその他の側面に適用する”というコンピテンシーです。

Appendix CがReference List of General Physician Competencies by Domainで最初に紹介した、PC, KP, PBLI, ICS, P, SBP, and IPC, PPDのコンピテンシーがリストアップされていますので、その他のコンピテンシーについても確認することができます。


日本の場合は、平成28年度改訂版 医学教育モデル・コア・カリキュラム 133ページに 医師として求められる基本的な資質・能力の項に、9つの項目が挙げられており、134ページからは、臨床実習の到達目標として9つの項目が挙げられています。さらに、141ページ   臨床実習で学生を信頼し任せられる役割(EPA: Entrustable Professional Activities)として、13項目について5段階評価のための表が掲載されています。アメリカの場合と比べると、ほぼ同じ項目が含まれていますが、相違もあります。


ACGME (Accreditation Council for Graduate Medical Education)  米国卒後医学教育認定評議会は卒後教育におけるマイルストーンMilestonesを設定しています。Milestone Resourcesでさまざまな資料が公開されています。

ACGME Milestones Guidebook for Residents and Fellowsには、Competency-Based Medical Education (CBME)についての解説があります。その部分を翻訳すると以下の通りです。

”ポイント
●CBME は、主要な能力領域(すなわちコンピテンシー)を使用して、カリキュラムの設計とプログラムの評価を行います。
●CBMEは、資格取得に必要な特定の時間に基づくのではなく、医療行為に必要な標準的な能力のレベルに到達することに重点を置いています。
●内容、進行、および評価は、個々の学習者が発揮する能力に基づいて行われます。
●CBME は、研修医、フェロー、教員、プログラム、認定機関、および一般市民が共有するモデルを作成します。
●CBMEは、研修医やフェローが改善のために自ら行動計画を立てられるよう、より良いフィードバック、コーチング、振り返りを可能にします。

CBMEとは?
CBMEは、コアコンピテンシーやマイルストーンの実施を含め、研修医やフェローの教育に利用されてきました。文献によると、CBMEは「コンピテンシーという組織的枠組みを用いて、医学教育プログラムの設計、実施、評価を行うアウトカムベースのアプローチ」と定義されています(Frank et al.2010)。コンピテンシーとは、誰かが仕事をするために必要な主要な能力の集合を表すものである。例えば、将来医師となる人は皆、患者ケアを行うための基本的な知識と能力を備えていなければなりません。これらの重要な能力がなければ、仕事を遂行することはできません。

CBMEは、卒業するすべての学習者が、実践で患者をケアするための重要な分野における基本的な能力を獲得することを目的としています。研修医、フェロー、その他の医師は、これらの能力を獲得したことを示すことができるはずです。注目すべきは、これは、教育やトレーニングが純粋に何年修了したか(例えば、内科の場合は3年)に基づくモデルとは異なるということです。”

Frank JR, Snell LS, Cate OT, Holmboe ES, Carraccio C, Swing SR, Harris P, Glasgow NJ, Campbell C, Dath D, Harden RM, Iobst W, Long DM, Mungroo R, Richardson DL, Sherbino J, Silver I, Taber S, Talbot M, Harris KA: Competency-based medical education: theory to practice. Med Teach 2010;32:638-45. doi: 10.3109/0142159X.2010.501190 PMID: 20662574


SoF tableから正味の益 Net benefitの分析へ-4

このシリーズの1回目では絶対効果、Gail/NCIの方法、2回目では銀行口座の残高を”正味の益net benefit”に例えて、正味の益の計算、3回目では架空の治療薬の正味の益を4つのアウトカムに対するリスク差(RD、Risk Difference)から計算する方法を解説しました。4回目の今回は、Gail/NCIの方法で正味の益を計算するExcelシートを作ってみます。

アウトカムの重要性の設定は0~100の値でも0~1の値でも標準化、すなわち重要性の値の総和で割り算すると同じ値になるということを確認しておきましょう。また、アウトカムの重要性は患者さんの価値観Valuesによって決まる、すなわち個人の主観によって決まるので、人によって異なるのが当たり前です。当然のことながら、その個人の理解の度合いの影響も受けます。したがって、感度分析、すなわちありうるさまざまな値を設定して結果が変わらないかどうかを検討することが必要になります。

また、RDはそのアウトカムが生起する人の割合の2群の差なので、例えばアウトカムが益のアウトカムであれば、その益を受ける人数とその介入により得られる益の総和は比例する、つまり直線関係にあることが前提になります。さらに、異なるアウトカムが同じ人で生起した場合の価値はそれが2人の別の人で起きた場合と同じであるとみなしています。つまり、延べ人数で益と害の量を見ているということです。これらの前提は2つの介入を比較し、その差を解析することで、最終判断にエラーが起きる可能性はほとんどないと言えると思います。

図 Gail/NCIの方法に基づく正味の益を計算するExcelシート。

図にExcelシートの画面を示します。最大で10個のアウトカムに対処できます。必要であれば、行を追加してより多くのアウトカムに対処することも可能です。

ベージュのセルにはデータを入力します。薄緑のセルは入力規則を用いたプルダウンメニューから選択したデータが入力できるようになっています。白のセルは演算結果が出力されます。薄青のセルには総スコアすなわち正味の益の値が出力されます。下の方のセルには、該当するセルに入力されている式を示しています。もしこのシートを自分で作るのであれば、4行目のセルは、そのセルをコピーして以下の行のセルに貼り付けてください。

図のデータ例は3回目の例と同じデータで計算しています。結果は全く同じになります。

このシートは2つの値、すなわちリスク差RDと標準化したアウトカムの重要性を掛け算して総和を求めるという非常に単純なものです。

さらに、リスク差の95%信頼区間の値を用いて、総スコアの95%信頼区間を計算することもできますが、シートが大きすぎてここで示すのは難しいので今回は止めておきます。また、係数を掛け算した正規分布に従う変数の総和の分散を計算する必要があり、行列の計算が必要になります。ExcelではMMULT( )という関数があるので、計算は簡単ですが、ここで解説するには複雑すぎるので、やはり今回は止めておきます。

図のExcelシートはこちらからダウンロードできます。RR, OR, HRからRDを計算するためのExcelシートも入れてあります。

Gail/NCIの方法では二値変数のアウトカムしか扱えないので、連続変数のアウトカムも含めて正味の益を求めるには、二値変数に変換する必要がありますが、Keeney &RaiffaのSwing-weightingなどの方法を用いれば連続変数のまま分析することができます。Swing-weightingについては本ブログでも何回か解説しています(リンク1, リンク2)。Swing-weightingを用いたExcelシートもすでに作成してあり、各アウトカムに対する効果の相関も調整を実行できるシートも作成済みです。機会があれば公開しようと思います。また、Rを使う方法については”あいみっく”誌上で解説していますし(あいみっく40(2) 2019あいみっく40(3) 2-19)、本ブログでも取り上げています(上記リンク1、リンク2)。

益と害の大きさとバランス=正味の益を評価することは特に医療では非常に重要であり、比較効果研究Comparative Effectiveness Research (CER)でもNAMの定義に”比較効果研究は…益と害を比較するエビデンスの生成と統合を行うことである。”と述べられています

エビデンスの確実性の評価だけではその介入を実施すべきかどうかを決めるには不十分です。EBMの概念が導入されだした当初からEBM実践のStep 3は”エビデンスの妥当性とインパクトと適用可能性の批判的吟味を行う”となっています。すなわち、エビデンスの確実性と効果の大きさと非直接性の3つです。インパクトは定量的な大きさの意味を含んでいます。益と害の定量的評価 Quantitative Benefit Harm AnalysisあるいはQuantitative Benefit Risk Analysis/Assessmentは難しいと最初から拒絶されることが多いのですが、実は、掛け算して足し算するだけです。

最後に、益と害のバランス=正味の益を知るには、複数のアウトカムに対する介入の効果を知る必要があり、それらを総合して判断する必要があります。それがどういうことなのか考えてみてください。エビデンスの確実性もいままではひとつの主要なアウトカムに対する効果推定値に対してどれくらい確信を持てるかという観点で評価されてきていますが、複数のアウトカムに対する効果を総合的に考える際には、エビデンスの確実性はどのように評価したらいいのか考えてみてください。そして、正味の益の確実性とは?そして、3つ以上の介入を比較するには?

SoF tableから正味の益 Net benefitの分析へ-3

このシリーズの1回目で絶対効果、Gail/NCIの方法、2回目では銀行口座の残高を”正味の益net benefit”に例えて、金額が効果の大きさ、為替レートがアウトカムの重要性に相当することを解説しました。この3回目では、架空の治療薬と4つのアウトカムから、正味の益を計算する方法を解説します。

最初にピクトグラム(図1)を見ながら考えてみましょう。

図1.4つのアウトカムに対する効果を示すピクトグラム。100人単位。

高血圧に対する薬物療法をモデルとして、2つの益のアウトカムと2つの害のアウトカムに対する2つの治療(介入と対照)の正味の益を分析してみます。介入と対照はいずれもアクティブな治療を想定しています。あくまで益と害の大きさとバランス=正味の益の分析を理解してもらうための単純化したモデルで、ベースラインリスクの高い集団が対象と考えてください。

益のアウトカムは脳卒中予防と心不全予防で、イベントとしては脳卒中発症と心不全の発症になります。10年間の累積発症率で介入と対照の正味の益の差を分析します。絶対リスクからそれぞれの治療の”絶対正味益”を計算してから、それらの差を求めることもできますが、今回はリスク差 Risk Difference(RD)を用いて、対照と介入の差を求めます。なお、いずれの方法でも得られる結果は同じになります。

これらイベントは時間経過の中で生起する事象なので、生存分析の対象になります。図1の左上の“脳卒中予防”できた人数のピクトグラムを見てください。このピクトグラムは発症予防できた人を黒塗りにしており、発症した人は白で表しています。したがって、対照では、10年間の累積発症率は白の人の割合で示され、0.6になります。指数関数モデルを用いた場合、10年間の累積発症率が0.6の場合、ハザード率Hazard rateは-ln(1-0.6)=0.916になります。すなわち、イベントフリーの割合の自然対数を求めて、-1を掛け算した値です。正負を逆にすることで、ハザード率の値が大きいほどより強いハザードにさらされていることになり、早くイベントが起きていきます。逆に、ハザード率が小さいほど弱いハザードにさらされていることになり、イベントはゆっくり起きていくことになります。ハザード率の大小関係とイベントの起きやすさが同じ方向になるので、わかりやすくなります。

さて、1年単位のハザード率は10乗したらイベントフリーの率である0.4になる値の自然対数です。10年単位のハザード率が0.9163なのでこれを10で割り算し、0.9163/10=0.09163が1年単位のハザード率になります。この値を正負を逆にして、Exponentialを計算するとexp(-0.09163)=0.9124が1年時の累積イベントフリーの率に相当します。0.9123を10乗すると0.4すなわち10年時のイベントフリーの率になります。0.9123を10乗する代わりに、1年単位のハザード率を10倍して正負を逆にしてExponentialを計算すると10年時のイベントフリーの率になります。累乗は対数変換すると足し算になるので、このようになります。

ここではt時点のイベント率pからハザード率hr=-ln(1-p)で計算されること、逆にハザード率からイベント率を求めるにはp=1-exp(-hr)で計算できることを覚えておきましょう。また、m時点のハザード率はhr*m/t、m時点のイベント率は1-exp(-hr*m/t)で計算できるということを頭の片隅に入れておきましょう。ハザード率はイベントフリーの割合の自然対数で-1を掛けた値です、と覚えるのもいいと思います。なお、ハザード比Hazard ratioはハザード率の比です。

さて、10年間で脳卒中を予防できた割合は対照で0.4、介入で0.5でした。100人あたりで考えると、対照では100人中40人で脳卒中を予防できたのが、介入では100人中50人で脳卒中を予防できたということになります。“脳卒中予防”というアウトカムでは、リスク差Risk Difference, RDは介入群の絶対リスクー対照群の絶対リスク=介入群のイベント率ー対照群のイベント率=0.5 – 0.4 = 0.1となり、リスク比Risk Ratio, RRは介入群の絶対リスク/対照群の絶対リスク=介入群のイベント率/対照群のイベント率=0.5/0.4 = 1.25となります。

“心不全予防”というアウトカムについては、10年間で心不全を予防できた割合は対照で0.7、介入で0.6でした。対照では100人中70人で心不全を予防できたのが、介入では100人中60人で心不全を予防できた。“心不全予防”というアウトカムでは、リスク差Risk Difference, RDは介入群の絶対リスクー対照群の絶対リスク=介入群のイベント率ー対照群のイベント率=0.6 – 0.7 = -0.1となり、リスク比Risk Ratio, RRは介入群の絶対リスク/対照群の絶対リスク=介入群のイベント率/対照群のイベント率=0.6/0.7 = 0.857となります。

ここで、アウトカムの内容について考えてみましょう。上記二つのアウトカムはいずれも有益事象です。つまり、それが起きることが望ましいアウトカムです。したがって、介入の方が望ましいと言える場合は、RDはプラスになります。この例では、脳卒中予防のアウトカムについては、介入側が望ましく、心不全予防というアウトカムについては、対照側が望ましいという結果になります。異なるアウトカムに対する効果にトレードオフTrade-offがあるということになります。介入側の治療を選択すべきか、対照側の治療を選択すべきか、RDの値だけで決めるのは難しいように思えます。

さらに、害のアウトカムも2つ考えなければなりません。害のアウトカムは“めまい”、“頻尿”で、いずれも有害な事象です。益のアウトカムと同様に、効果指標を計算してみましょう。“めまい”については対照群の絶対リスク0.01、介入群の絶対リスク0.03で、RD 0.02、RR 3となります。頻尿については、対照群の絶対リスク0.02、介入群の絶対リスク0.01で、RD -0.01、RR 0.5となります。

これら害のアウトカムでもトレードオフがあり、“めまい”では対照の方が望ましく、“頻尿”では介入の方が望ましいということになります。

それでは、4つのアウトカムに対する効果全体を考慮した上で、介入と対照のどちらを選択すべきでしょうか?脳卒中の方が重要だと思う人は介入側の治療、心不全の方が重要だと思う人は対照側の治療を選ぼうと思うかもしれません。そうです、ここでアウトカムの重要性によって望ましい選択肢が異なってくるらしいということは言えると思います。アウトカムの重要性をどのようにして決めるかは別として、アウトカムの重要性が臨床決断に影響するということは正しいであろうと言えそうです。そして、ピクトグラムを見せられても、介入と対照の治療の効果の差、ベースラインリスクを含む絶対リスクは直観的にとらえることができるが、意思決定はそれだけでは、難しということも言えそうです。

それでは、アウトカムの相対的重要性を設定し、図1の介入の効果の場合の正味の益を計算してみます。

図2.リスク差(RD)とアウトカムの重要性から正味の益を計算する。

この図2の例では、アウトカム1~4に対してリスク差RDとアウトカムの重要性を示しています。そして、RD×アウトカムの重要性を計算してから、それらの総和を計算し、アウトカムの重要性の合計で割り算しています。RDは介入群の絶対リスク-対照群の絶対リスクとして計算しています。

また、アウトカムが有益事象でRDがプラスで大きな値ほど望ましい場合は、正負は変えず、アウトカムが有害事象でRDがマイナスでより小さい値ほど望ましい場合は正負を逆にしてから総和を計算しています。マイナスでより小さな値とは、絶対値はより大きな値を意味します。例えば、アウトカム1の場合、“脳卒中予防”という有益な事象なので、RDがプラスで大きいほど望ましいと言えます。したがって、RD×アウトカムの重要性の値は正負を変えずそのまま総和を計算します。アウトカム2も同様です。アウトカム3は“めまい”という有害な事象なので、RDがマイナスでより小さい値ほど望ましいと言えます。したがって、RD×アウトカムの重要性の値は正負を変えて、総和を計算します。アウトカム4も有害な事象なので、3と同様に、正負を変えて総和を計算します。、

さらに、アウトカムの重要性は最も重要なアウトカムを100にし、最も重要でないアウトカムは0として、相対的に値を0~100の間に設定しています。アウトカムの重要性は個人の価値観によって決まるので、人によって結果が変わりえます。そして、上記の総和の計算の後、アウトカムの重要性の総和で割り算しています。これは、アウトカムの重要性の値を合計したら1になるように標準化と呼ばれる処理です。RDは1の値が最大で、‐1が最小になります。もし、すべてのアウトカムについてRDが1の場合は、その介入が最善となりますが、正味の益は1となります。このような処理を行うことにより、アウトカムの個数によらず、正味の益は0~1の範囲の値になります。

正味の益の計算式:K個のアウトカムの場合: *は掛け算を意味します。


Fkはアウトカムの内容が有益事象の場合1、有害事象の場合-1とします。

この例では、対照に対して介入によって得られる正味の益は0.031となり、介入の方を選択すべきであるという結果になりました。なお、正味の益を100倍すると100人あたりで、正味の益を受ける人数になります。

さて、Gail/NCIの方法では、アウトカムの重要性を以下の様に3段階に設定しています。1列目の値をメインに用い、2~4列目の値は、感度分析に用います。

W1 Very important outcomes (life-threatening)  1  1      1     1 
W2 Moderately important outcomes (severe)   0.5  1      1    0.5
W3 Not important outcomes (others)              0  1      0    0.25

次に、アウトカムの重要性をRDに掛け算する前に、標準化を行ってから計算してみます。結果は同じです。

図3.アウトカムの重要性を先に標準化してから計算する場合。

アウトカムの重要性を標準化した場合でも、アウトカムが有益事象でRDがプラスで大きな値ほど望ましい場合は、正負は変えず、アウトカムが有害事象でRDがマイナスでより小さい値ほど望ましい場合は正負を逆にしてから総和を計算します。この点は先ほどの、標準化しないアウトカムの重要性で計算する場合と同じです。

正味の益の計算式:K個のアウトカムの場合。      

Fkはアウトカムの内容が有益事象の場合1、有害事象の場合-1とします。
先ほどの計算と同じ結果が得られます。

この例では、正味の益はプラスで介入が望ましいことがわかりました。

難しそうに見えますが、リスク差(RD)はランダム化比較試験のシステマティックレビュー/メタアナリシスの結果から、アウトカムの重要性は個別に設定して、アウトカムごとにそれらの積(掛け算した値)を計算し、アウトカムが有害事象か有益事象かによって正負を設定して総和を求めるだけです。

次回は、より一般化したExcelの計算表を作成しようと思います。

SoF tableから正味の益 Net benefitの分析へ-2

銀行口座での収支の計算を例にして、正味の益の計算について考えてみましょう。

図3.異なる通貨で入出金が行われる口座1。

銀行口座の残高の計算

銀行口座の残高はバランスBalanceと言います。

口座1があるとします。100人の人がこの口座へ入金したり、出金したりできるとします。口座は円で管理されています。最初は残高0円です。各自が得られる貨幣はドルかマルクのどちらかで、ひとりが硬貨を1枚だけ得ることができ、それを口座に入金できます。一方で、引き出す必要があるときは、ポンドかフランかどちらかで、ひとり硬貨1枚分だけ引き出して、それぞれの通貨で、支払いにあてることができます。

100人の人たちが、ある作業をします。何人かの人がそれぞれドルかマルクかの硬貨を1枚だけ得ることができます。一方で、何人かの人がポンドまたはフランの硬貨で(経費の)支払いが必要になります。

口座1の方では、その作業の結果、5人の人が1ドルずつ得たので、それを入金しました。別の4人の人が1マルクずつ得たのでそれを入金しました。5ドルと4マルクですが、円に交換して入金するので、それぞれ為替レートを掛け算して、円に変換した金額の合計が、収入として入金されることになります。570+264=834円入金されました。ここでは両替の手数料は0とします。

一方で、その作業のための支出として、2人がそれぞれ1ポンドずつ、1人が1フラン分出金して(経費)を支払うことになりました。2ポンドと1フランですが、円からそれぞれの通貨に交換して支払うので、為替レートを掛け算して、口座からは円に変換した金額が出金されることになります。支出は306+20=326円でした。同じく、両替の手数料は0とします。

収入-支出は図3に示すように、508円になります。口座1の残高は508円でした。この残高Balanceは正味の益Net benefitと同じ意味です。

図4.異なる通貨で入出金が行われる口座2。

もうひとつ別の口座、口座2があるとします。こちらも口座1と同様で、100人の人がこの口座へ入金したり、出金したりできるとします。口座は円で管理されています。

100人の人たちが、ある作業をします。その作業は口座1の人たちとは違う作業です。作業した結果、5人の人が1ドルずつ得たので、それを入金しました。別の5人の人が1マルクずつ得たのでそれを入金しました。5ドルと5マルクですが、円に交換して入金するので、それぞれ為替レートを掛け算して、円に変換した金額の合計が、収入として入金されることになります。570+330=900円が入金されました。

一方で、その作業のための支出として、3人がそれぞれ1ポンドずつ、2人がそれぞれ1フランずつ出金して(経費)を支払うことになりました。3ポンドと2フランですが、円からそれぞれの通貨に交換して支払うので、為替レートを掛け算して、円に変換した金額が出金されることになります。支出は459+40=499円でした。

収入-支出は図4に示すように、401円になります。口座2の残高は401円です。この残高Balanceは正味の益Net benefitと同じ意味です。

もしどちらかの作業を選択できるとしたら、どちらを選択しますか?508円>401円ですから、口座1の方の作業を選ぶでしょう。

口座1の方の作業より、口座2の方の作業の方が、100人全体で、1マルク多く得られますが、支出も1ポンド+1フラン多くなります。これだけでは、どちらがいいかわかりませんが、為替レートを掛け算して残高を計算すると、口座1の方の作業の方が残高が多いことが明確になります。

これを医療的介入にあてはめると、ドル、マルク、ポンド、フランのそれぞれの通貨がアウトカム、硬貨の数すなわちそれらを得た人数が効果の大きさ、為替レートがアウトカムの重要性に相当します。

二つの口座の残高の比較

口座1と口座2の残高のどちらが多いかを比べたい場合、残高の差額を計算する方法は少なくとも二通りあります。

ひとつは、すでにやったように、口座ごとに残高を集計して、その差を求める方法です。もうひとつの方法は、通貨ごとの差を先に求めて、それを集計する方法です。図5に示すように、どちらの方法でも結果は同じになります。

図5.二つの口座の残高を比較する場合。


左側に示す、口座ごとの残高をまず計算してから、二つの口座の残高の差額を計算する場合、収入はプラス、支出の方はマイナスで各講座の総和を計算して、ぞれぞれの残高を計算します。二つの口座の残高の差額を計算する場合、どちらを基準にするかを決める必要があります。ここでは、口座2を基準にし、差額は、口座1の残高-口座2の残高として計算しています。臨床の二つの介入を比較する場合にあてはめると、口座1が介入群になり、口座2が対照群になります。もし、差額がマイナスになれば、対照群の方が正味の益が大きいということになります。プラスなら、介入群の方が正味の益が大きいということになります。

右側に示す、二つの口座の間で、通貨ごとの差を集計する方法では、収入の部では差額のプラス・マイナスはそのまま、支出の部では、プラス・マイナスを逆にして合計する必要があります。右側の例では、支出は2種類の硬貨ともマイナスになっています。つまり、口座1の方が口座2より額が大きかったということで、プラス・マイナスを逆にして総和を求める必要があります。

ここで示す二つの方法の内、前者は絶対リスクで各介入群ごとに正味の益を計算して、群間の差を計算する方法、後者はリスク差Risk Difference、RDを用いて計算する方法に相当します。いずれも結果は同じなります。この通貨の例では、100人が作業を行うことを想定しましたが、RDに100を掛け算した値を用いて計算すれば、症例数100人あたりの計算になります。

RDを用いて正味の益を計算する場合、そのアウトカムが有益な事象なのか、有害な事象なのかによって、別の視点では、RDが増加すると望ましいのか、減少すると望ましいかによって、プラス・マイナスを決める必要があります。介入群の絶対リスク-対照群の絶対リスクとしてRDを計算する場合、アウトカムが有益な事象の場合は、RDはプラスで値が大きいほど益が大きくなりますが、アウトカムが有害な事象の場合は、RDはマイナスで値が小さいほど(絶対値が大きいほど)益が大きくなります。後者の場合、プラス・マイナスを逆にして総和を求める必要があります。