ASPIREモデル

ASPIREモデルは、ソフトウェア開発では一般的とされているステップを含んでいますが、質の高いヘルスケアデジタルトレーニングをデザインするのにも最適とされているモデルです。簡単にまとめてみました。カリキュラム、学習コース、トレーニング、eラーニングを制作する時にASPIREモデルを考えてみてください。

図 ASPIREモデル(Konstantinidis ST 2021)。

Aims:  ①学習者の特徴、②カバーすべきトピック領域、③学習ゴール
Storyboard:  ステークホルダが協働してアイディアを出し、ストーリーボードを用いて、コンテンツを決め、リソースをデザインする。
Population/Production (Populate 配役 &Produce 制作): アイディアからメディアコンポーネントを作成する。
Integration: メディアコンポーネントを配置、統合して学習リソース(ウェブページ、動画、クイズ、インタラクティブなウェブ等)を制作する。例えば、HTML5が基盤として用いられる。
Release: Virtual learning environment (VLE)、ウェブ、レポジトリーなどで公開する。
Evaluate: トレーニング/学習リソースを評価する。

特徴
Participatory co-design principles デザイン協働参加のプリンシプル (根拠となる学習理論がある。デジタルテクノロジーの使用は、テクノロジーそのものではなく教育学の成果に基づいてリードされるべきである!)テーマによっては共同制作co-creationもありえます。

最初のステップASと最後のステップEで、エンドユーザー、その他のステークホルダの意見、専門的見解expertise、希望、経験を聴くことが強調されています。ただし、必ずしもそれらをそのまま取り入れるわけではありません。

また、プラクティスのコミュニティー形成を重要視する。

ストーリーボードは映画製作で用いられる絵コンテのようなもの。

Evaluationについては、Kirkpatrick Modeが知られている。
Level 1: 質の評価。
Level 2: アウトカムの評価。
Level 3: 行動変容の評価。
Level 4: インパクト(個人、その分野、社会、他への)

Level 1: Reaction: 学習者がトレーニングを自分の仕事と関連深いと思ったか、興味深いと思ったか。有用と思ったかを測定。
Level 2: アLearnig: 学習者がトレーニングプログラムが焦点を定めた知識、スキル(技能)、態度、自信、覚悟を持てたかどうかを測定。
Level 3: Behavior: 学習後の行動の変化を測定し、彼らがトレーニングで学習したことを取り上げ、自分の仕事に適用しているかを見る。
Level 4: Results: 組織のメンバーの支持とアカウンタビリティとともに、目的のアウトカムがトレーニングプログラムの結果としてもたらされたのかを測定する。

eラーニングリソースの制作は普通Contents expertだけではできません。動画やアニメーションの作成、Infographicsの作成など画像関係の制作、ナレーション、クイズなどプログラミング、さまざまなウェブデザイン、コンテンツ制作、データ管理、Leraning Management Systemの維持・管理、ユーザー管理、サーバーのファイル管理、等々はコンテンツエキスパートだけでできる場合は少なく、もしできたとしてもユーザーに訴求できるデザインまではなかなか手が回らないでしょう。

アメリカでは、Instructional Designerが職業として成立しており、彼らからは、コンテンツエキスパートはSMEつまりSubject Matter Expertとして位置づけられています。つまり、学習体験learning experienceをより良いものにして、学習アウトカムを高度に保持できるように、さまざまな工夫を凝らして学習コースあるいはトレーニングをデザインし、制作する役割の人がいます。企業研修の場で活躍することが多いようです。

Subject Matter Expert (SME)と教育学を履修したInstruction Designerとウェブデザインに詳しいICTのエキスパートに利用者が加わって制作したインタラクティブ性を持つ学習リソースは今後のスタンダードになるかもしれません。

学習者がが求めているのは、あるタスクを実行するために必要な知識、スキル、態度を身に着けて、そのタスクを実行できるようになることです。教師は自分の持っている知識をきれいに、面白く・楽しく見せる=プレゼンテーションすることを目的にしただけでは不十分です。知識を活用して、目的のタスクが実行できるようになるにはどうしたらいいかをよく考える必要があります。単なる情報の提供だけでは十分とは言えません。

文献:
Konstantinidis ST, Bamidis PD, Zary N: Digital Innovations in Healthcare Education and Training. 2021, Elsevier Science, Oxford, UK. Amazon

Dratsiou I, Varella A, Stathakarou N, Konstantinidis S, Bamidis P: Supporting Healthcare Integration of Refugees Exploiting Reusable Learning Objects: The ASPIRE Framework. Stud Health Technol Inform 2021;281:565-569. doi: 10.3233/SHTI210234 PMID: 34042639

Carver R. Theory for practice: a framework for thinking about experiential education. J Exp Edu. 1996;19: 8– 13.

Wenger E. Communities of practice: learning, meaning and identity. Cambridge, UK: Cambridge University Press; 1998.

Clark RC, Mayer REE. Learning and the science of instruction. San Francisco: Jossey-Bass; 2003. 8. Mayer RE. The Cambridge handbook

Mayer RE. The Cambridge handbook of multimedia learning. New York: Cambridge University Press; 2005.

Ng JY. Combining Peyton’s four-step approach and Gagné’s instructional model in teaching slit-lamp examination. Perspect Med Educ 2014;3( 6): 480– 5.

Laurillard D. Rethinking university teaching: a conversational framework for the effective use of learning technologies. London: Routledge Falmer; 2002.

Windle R, Wharrad HJ. Reusable learning objects in health care education. In: Bromage A, Clouder L, Gordon F, Thistlewaite J, eds. Interprofessional e-learning and collaborative work: practices and technologies. USA: IGI Global; 2010.

JISC Quality considerations 2016 :
Open Educational Resources (OERs)のQuality
Accuracy
Reputation of author/institution
Standard of technical production
Accessibility
Fitness for purpose

Kirkpatrick JD, Kirkpatrick WK: Kirkpatrick’s four levels of training evaluation. 2016, ATD Press, USA.2016.

The Kirkpatrick Model .

Hughes A: eLearning Development And The Role Of SMEs.

OECD Education 2030プロジェクト

OECD Education 2030 projectは、2015年から始まった、2030年において子ども達に求められるコンピテンシーを検討するとともに、そうしたコンピテンシーの育成につながるカリキュラムや教授法、学習評価などについて検討していくプロジェクトです。その最終報告書のひとつの仮訳「OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」が文部科学省により公開されています。OECD Future of Education and Skill 2030はこちらです。ここではさまざまな資料が提供されています。

OECD (Organisation for Economic Co-operation and Development)は経済協力開発機構です。医学教育に直接関係ないのですが、このプロジェクトの中間報告は教育学の進歩が取り入れられ、未来に向けた教育の在り方が述べられており、素晴らしい内容です。

中間報告のFigure 1を書き直したものが図1です。

図1. OECD学習フレームワーク2030:作業進行中

左側の知識、スキル(技能)、態度と価値観が絡み合って、中央のコンピテンシーを構成することが表されています。このような教育を受けた人は、新しい価値を創造し、ちゃんと責任をとり、緊張やジレンマを融和させ、個人としても社会としてもWell-beingな状態になる。WHOのいうWell-beingウェルビーイングと同じですね。WHOのWell-beingについては、こちら、Health Promotion Glossary Terms 2021はこちら(PDF)を参照してください。

コンピテンシーCompetencyとは:
コンピテンシーという概念は、単なる知識やスキルの習得にとどまらず、複雑な要求に応えるための知識、スキル、態度、価値観を総動員することを意味する。将来に準備ができている学生には、幅広い知識と専門的な知識の両方が必要とされる。

知識は、•分野別の知識 、多くの分野についての(学際的)知識、•認識論的知識、
例えば、数学者、歴史家、科学者のように考えるにはどうしたらよいかを知ること、
•手続き的知識に分類されています。

スキルも、・認知-メタ認知スキル(批判的思考、創造的思考、学習、自己制御など)、・社会・感情スキル(共感、自己効力感、コラボレーションなど)、・実践・身体スキル(新しい情報通信技術機器の使用など)に分類されています。

態度・価値観は、・個人、・地域、・社会、・世界に分類されています。

そして、•学生は、未知の状況や進化する状況において、自分の知識を応用する必要があり、そのためには、認知・メタ認知スキル(批判的思考、創造的思考、学習、自己制御など)、社会・感情スキル(共感、自己効力感、コラボレーションなど)、実践・身体スキル(新しい情報通信技術機器の使用など)など、幅広いスキルが必要となる。

知識の詰め込みではなく知識の応用ができないといけない、正解のない問題に対処できないといけない、等々言われていますが、そのためには、応用可能な形で、正しい知識を幅広く身に着けている必要があり、いままでの詰め込み以上の知識が要求されると思います。そして、・スキル・態度-価値観についても同様です。このような教育を受けてこなかった、今の大人たちは、自分たちには欠けたものがあることを認識したほうがいいかもしれません。

用語:
•Epistemology認識論: How we know?を論ずる学問。知識とは何か?知識はどのように獲得されるか?人々は何を知るか?何を知っているかをどのように知るか?人間の知識は信頼できるか?我々の感覚は信頼していいか?意見、知識、知恵の違いは何か?
•Epistemic knowledge 認識論的知識

•認知能力:知識の習得、情報の操作、推論において必要とされる脳を使った能力。
•メタ認知:メタ認知とは、自分の認知処理を監視し、適応的に制御する能力、または思考について考える能力のこと。自分の記憶を自覚することで、必要な知識が不足している状況を回避することができる機能。

コンピテンシーの概念が理解できていないと、Reusable Learning Object (RLO)のこともよくわからないと思いますし、マルチメディア学習デザインプリンシプルも、Entrustable Professional Activity (EPA)のこともよくわからないかもしれません。

マルチメディア学習のデザインプリンシプル

eラーニング用のマルチメディアデジタル学習オブジェクト(教材)を作成するときには、以下の項目が重要だそうです。確かにその通りです。

マルチメディア学習のデザインプリンシプル(Mayer 2005 and Clarke Mayer 2003)

対象・・・よりよい学習となる
マルチメディア文字情報だけより文字+画像情報の方が、
セグメント化連続したユニットにするより、学習者のペースに合わせられる配置の方が、
学習開始前主なコンセプトの名称と特徴を知る時、マルチメディアリソースからの方が、
モダリティ―アニメーションとオンスクリーンのテキストより、アニメーションとナレーションの方が、
統一性(一貫性)外部からの言葉、画像、サウンドは包含せず、外側に置く方が、
重複アニメーション、ナレーション、オンスクリーンテキストより、アニメーションとナレーションの方が、
シグナリング文章にプレゼンテーション全体構成の中の位置づけに関するキュー(合図)が含まれている方が、
空間的隣接性対応のある言葉や画像はページあるいはスクリーン上で互いに近くに表示された方が、
時間的隣接性対応のある言葉や画像は連続的により同時に提示したほうが、
個人化言葉が文語体より口語体(会話調)の方が、
音声言葉がマシンボイスや外国語なまりのヒトの声より標準語のヒトの声で話された方が、
個人的差デザインの効果は、知識の多い学習者より、知識の少ない学習者の方が;デザインの効果は、低空間識別能の学習者より、高空間識別能の学習者の方が

やはり、スライドを見せながら、ナレーションを入れるだけよりも、これらのことを実現する方が、学習者を引き付け、集中させる効果が、そしてそれ以外の効果も期待できそうです。

文献:
Clark RC, Mayer REE. Learning and the science of instruction. San Francisco: Jossey-Bass; 2003.  

Mayer RE. The Cambridge handbook of multimedia learning. New York: Cambridge University Press; 2005.

Konstantinidis ST, Bamidis PD, Zary N: Digital Innovations in Healthcare Education and Training. 2021, Elsevier Science, Oxford, UK.

Reusable Learning Object (RLO)再利用可能な学習オブジェクト

Learning Objectはデジタルの学習資料、つまり、eラーニングの学習リソースのことです。同じ学習ゴールや学習目標で学習アウトカムのレベル設定が同じなら、互いに共用できると便利ですし、相互利用ができれば作成者の労力を軽減できます。そこで、当然のことながら、再利用可能なフォーマットで、学習資料を作ろうというアイデアが出てきます。ICTを利用して、ウェブ技術を用いて、マルチメディアで、外部リソースへのリンクも付けて、アップデートが簡単にできるようにとだれでも考えます。

Reusable Learning Object (RLO)再利用可能な学習オブジェクトとは、ひとつの学習目標または学習ゴールに基づくウェブベースのマルチメディアデジタルリソースで4つのコンポーネントのスタンドアロンのコレクションと定義されています。学習促進のための再利用可能なデジタルリソース、一枚のX線画像の場合もありうるし、オンラインモジュール全体の場合もあります(Konstantinidis ST 2021)。

Reusable Learning Object (RLO)の4つのコンポーネント:
1.コンセプト、事実、プロセス、原理、手順・方法のプレゼンテーション
2.アクティビティ:理解のために何かをする。
3.自己評価:理解していることを応用する、内容をマスターしたかテストする。
4.リンクとリソース:コンセプトを強化したり、学習ゴール達成をサポートするための外部リソース。

5~9セクションから構成される。
5~15分の長さ。すなわち、学生は一口サイズのデジタル学習を好む。

読むテキストと聞くナレーションの両方ある。
インターラクティブである。
質問技法を含む。
シミュレーションを含む。
リフレクションのエクササイズがある。

–>これらにより学習者のエンゲージメントをよくする。

学習者中心でカリキュラム作成といっても、自分の持っている知識をわかりやすくプレゼンテーションするという段階でとどまっていることが多いと思います。PowerPointのスライドにナレーションを付けて、動画を作成してにとどまらず、学習者中心で考えると、その先がまだあるということです。

Competency-Based Medical Education (CBME)(Englander R 2013)についても同様です。X時間の講義とY時間の実習をやって、試験で60点以上取れたら合格ではCBMEと言えるでしょうか?CBMEではxxをz時間勉強した、あるいは、体験したではなく、XXのコンピテンシーを獲得したが目標になります。

文献:
Konstantinidis ST, Bamidis PD, Zary N: Digital Innovations in Healthcare Education and Training. 2021, Elsevier Science, Oxford, UK.

Wharrad HJ, Kent C, Allcock N, Wood B: A comparison of CAL with a conventional method of delivery of cell biology to undergraduate nursing students using an experimental design. Nurse Educ Today 2001;21:579-88. doi: 10.1054/nedt.2001.0602 PMID: 11559012

Wiley DA II: Connecting learning objects to instructional design theory: A definition, a metaphor and a taxonomy. Wiely DA, editor. The Instructional use of learning objects. 2001. online available from: http://www.reusability.org/read/chapters/wiley.doc

Bath-Hextall F, Wharrad H, Leonardi-Bee J: Teaching tools in evidence based practice: evaluation of reusable learning objects (RLOs) for learning about meta-analysis. BMC Med Educ 2011;11:18. doi: 10.1186/1472-6920-11-18 PMID: 21542905

Batt A, Williams B, Rich J, Tavares W: A Six-Step Model for Developing Competency Frameworks in the Healthcare Professions. Front Med (Lausanne) 2021;8:789828. doi: 10.3389/fmed.2021.789828 PMID: 34970566

Englander R, Cameron T, Ballard AJ, Dodge J, Bull J, Aschenbrener CA: Toward a common taxonomy of competency domains for the health professions and competencies for physicians. Acad Med 2013;88:1088-94. doi: 10.1097/ACM.0b013e31829a3b2b PMID: 23807109

実例:
イギリスのUniversity of Nottingham、School of Health SciencesのRLOの実例:

Confidence Intervals  https://www.nottingham.ac.uk/nursing/sonet/rlos/ebp/confidence_intervals/index.html

Steps in conducting a systematic review    https://www.nottingham.ac.uk/nursing/sonet/rlos/ebp/systematic_reviews/index.html

What is a meta-analysis?https://www.nottingham.ac.uk/nursing/sonet/rlos/ebp/meta-analysis/index.html

これらのリストはこちらです。検索できるようになってます。https://www.nottingham.ac.uk/helm/resources/learning-objects/rlo-school.aspx