Living SRとは?

前回の投稿で紹介したElliott JHらのLiving SRに関する論文の内容を紹介したいと思います。従来のSRとの違いと、研究のエコシステムにおけるLiving SRの位置づけについて述べられています。できるだけ原文のまま紹介したいと思います。

従来の通常のシステマティックレビュー(SR)とLiving systematic review (SR)は、出版形式、作業プロセス、著者チームマネージメント、統計学的方法の4つの点で異なる。

1. 出版形式:動的で、持続的で、オンラインのエビデンスのまとめで、更新が早く、頻回である。
2. 作業プロセス:通常のSRとは異なり、文献検索戦略は維持され、アウトプットは連続的にSRのワークフローに追加され、採択される文献、研究の質の評価、データの抽出、メタアナリシス、SRレポートは連続的に更新される。通常のSRあるいはSRの更新の集中的で間欠的な努力の代わりに、Living SRは中等度の進行中の貢献が必要となる。
3. 著者チームのマネージメントは連続的なワークフローに対応し、長期間にわたる協働と著者チームの進化を許容しながら、組織としての記憶が保たれなければならない。
4. メタアナリシスの更新は、データの再解析を伴い、蓄積される一次臨床試験のデータの再解析とともに、もし統計学的検定を単に繰り返すと、偽陽性の所見の率が上昇する。また、エフェクトサイズの推定値は不安定で、特にエビデンス生成の初期段階でそうなる。これらの問題はすべてのメタアナリシスの更新に関連するが、Living SRでは、更新の回数が多くなる可能性が高いので、特に重要となる。正式のSequential methodを用いる方法や、ベイジアンアプローチが有用である。

ワークフローおよび協働作業ツール
セミオートメーション

文献検索・選定作業、バイアスリスクの評価、データ抽出作業への機械学習などAIの活用が進む可能性がある。

データレポジトリとリンクされたデータ
 重要なヘルスケアクエスチョン(クリニカルクエスチョン)は多くのSR作成者に共通であり、互いに独立してSRを行うことは、無駄が多い。SRのプロトコールを共通のサイトに登録すること、SRのプロセスや作成データ(アウトプット)を保管し再利用を許可することで繰り返しの無駄を省くことができる。共通の概念に基づいた一定のフォーマットを用いることで、不必要な二重の作業を減らすことができる。

リンクされたデータには以下の様式が用いられるであろう:
W3C: World Wide Web Consortium
RDF:RDFはResource Description Frameworkの略です。 RDFファイル拡張子を含むファイルは、リソース記述フレームワーク言語で記述されたドキュメントである。これらのファイルは、このファイル形式を使用するWebサイトに関する情報を保存するために使用される。
Web Ontology Language ( OWL )は インターネット 上に存在する オントロジー を用いてデータ交換を行うための データ記述言語 。 OWLは RDF の語彙拡張であり、DAML+OILに由来している。

Living SRの出版
オンラインのみの出版により、ピアレビュー、編集委員会のレビューがスピードアップする。

International Committee of Medical Journal Editors (ICMJE)の基準のような出版の基準に従うことを原則とすることで、ノルムを維持できる。著者の変更も正確に反映されるべきである。

医学文献データベースでの取り扱いは、マイナーアップデートの場合、追加分の情報だけを提供し、メジャーアップデートの場合は、新規の出版として掲載する。

研究のエコシステムとLiving SRの関係
Living SRのサイクル医療Health Practice ー ヘルスケアシステムの学習 – 健康”ビッグデータ” – リンクされたデータレポジトリ – Living システマティックレビュー – Livingエビデンスサービス – Livingガイダンス – 意思決定支援システム – 医療

一次研究のサイクル医療 – 仮説の優先付け – 一次研究 – 出版 – システマティックレビュー – 出版 – ガイダンス – 知識の翻訳* – 医療

*translationは翻訳という意味であるが、研究結果をまとめた情報を実臨床に使える形に変えることを意味する。

2つのサイクルは赤字で示す一次研究とリンクされたデータレポジトリの部分でつながる。

論文のサマリーから著者らの主張が次のようなものであることがわかる:

我々は、最新であることと正確さを向上させるための厳密さとヘルスエビデンスの活用の両者を結合するエビデンスの統合への貢献として、Living systematic review “生きたシステマティックレビュー”を提案する。

Living systematic reviewは高品質で、新しい研究が得られるたびにアップデートされる最新のオンラインのまとめで、改善された作成効率と学問的コミュニケーションの基準の順守によって可能となる。

一次研究報告の技術革新と健康システムにおけるエビデンスの創生と使用を合わせて、Living systematic reviewは新しいエビデンスエコシステムに貢献する。

以下は投稿者の意見です:Living SRの著者はチームになり、その構成も随時変わっていき、一度出版してもそれで終わりではなく、新しい論文が出たら、すぐに再解析して、書き直して、アップデートを出版しなければならない。その作業の負担はかなり大きいと思われます。その出版を引き受けるジャーナルの側も、迅速なピアレビューが必要で、オンラインで出版しなければならない、旧版の処理など、いろいろな、変革が必要になります。PubMedの対処の仕方は、前回例として解説しました。また、利用者の立場からは、リサーチクエスチョン(クリニカルクエスチョン)がLiving SRになじむものに偏る可能性、それぞれのLiving SRに、臨床決断に必要な情報がすべて含まれていない可能性があることに注意が必要ではないかと思います。

文献:
Elliott JH, et al: Living systematic reviews: an emerging opportunity to narrow the evidence-practice gap. PLoS Med 2014;11:e1001603. doi: 10.1371/journal.pmed.1001603 PMID: 24558353

Living Systematic Review (SR)

Living systematic review (SR) ”生きたシステマティックレビュー”と称する論文があります。特に、最近はCOVID-19に関するSRがLiving SRとして発表されているのをみかけます。Livingなので、今後変わりうるという意味を含んでいます。SRなので、そのリサーチクエスチョンあるいは、クリニカルクエスチョンに関する新しい論文が発表されたら、それを追加してSRを更新updateして新しい論文として発表することになります。変更が小さい場合は、追加分だけ発表されることもあります。

実際の例を見てみましょう。Siemieniuk RA, et al: Drug treatments for covid-19: living systematic review and network meta-analysis. BMJ 2020;370:m2980. doi: 10.1136/bmj.m2980 PMID: 32732190は2020年7月30日にBMJに発表された論文で、タイトルにLiving systematic reviewという言葉が含まれています。この論文をPMIDからPubMedで開くと、Abstractは表示されず、下の方に、Update in となっていて、2020年7月30日以降に更新された論文が表示されます。この例では、2020年9月11日、2020年12月17日のアップデート、そして最新のアップデートが2021年3月31日です。これらのリストの下に、2020年7月30日の論文のAbstractが示されます。アップデート版のリンクを開くと、この論文の場合は、Abstractは表示されません。そして、Update ofという見出しの下に、古い論文のリンクが表示されます。Update inとUpdate ofに注意する必要があり、もしUpdate inの見出しがあったら、アップデート版があるので、そちらを見る必要があるということがわかります。

この例で分かるように、Living SRはPubMedでの取り扱いが通常のSRの論文とは異なっており、検索した結果からアップデートがある場合あるいは古い版がある場合は、それがわかるようになっています。

CochraneのSRもPubMedで検索できますが、例えば、Piechotta V, et al: Convalescent plasma or hyperimmune immunoglobulin for people with COVID-19: a living systematic review. Cochrane Database Syst Rev 2020;7:CD013600. doi: 10.1002/14651858.CD013600.pub2 PMID: 32648959は2020年7月10日の出版で、Update inと表示され、そちらをクリックするとAbstractも表示されます。そして、第一著者がChai KLに変わっています。

さて、Living SRがどのようなものかについては、Elliott JHらが2014年に論文を発表しているので、それが参考になります。Elliott JH, et al: Living systematic reviews: an emerging opportunity to narrow the evidence-practice gap. PLoS Med 2014;11:e1001603. doi: 10.1371/journal.pmed.1001603 PMID: 24558353
出版形式、作業プロセス、著者チームのマネージメント、メタアナリシスの更新において、従来のSRとはいろいろな点で異なっています。現在のICTを活用して、迅速にアップデートを行い、迅速に出版するというのが特徴と言えます

Living SRに関連した事項として、Rapid recommendationEvidence ecosystemなどがあります。

BMJは2016年にRapid recommendationに関する論文を発表しています。Siemieniuk RA, Agoritsas T, Macdonald H, Guyatt GH, Brandt L, Vandvik PO: Introduction to BMJ Rapid Recommendations. BMJ 2016;354:i5191. doi: 10.1136/bmj.i5191 PMID: 27680768

BMJはMAGICappと協働し、RapidRec projectを推進しているようです。MAGICappの活動は、診療ガイドラインだけでなく、Evidence ecosystem、Rapid recommendationと深いかかわりがあります。

また、Evidence ecosystemについては、上記のElliot JHらの論文や、下記のBoutron Iらの論文、Gough Dらの論文が参考になります。

Boutron I, et al: The COVID-NMA Project: Building an Evidence Ecosystem for the COVID-19 Pandemic. Ann Intern Med 2020;173:1015-1017. doi: 10.7326/M20-5261 PMID: 32931326

Gough D, et al: Clarifying differences between reviews within evidence ecosystems. Syst Rev 2019;8:170. doi: 10.1186/s13643-019-1089-2 PMID: 31307555

EBM crisis?

MGICappのウェブサイトPublicationsのタブを開くと、Vandvik Pの2016年のGuidelines International Network (G-I-N)における”The Evidence Ecosystem”と題する発表のビデオがあり、その2分6秒(2:06)で取り上げられている論文が、2014年のGreenhalgh TらのBMJに発表された論文です。タイトルは”Evidence based medicine: a movement in crisis?”です。7年前の論文ですが、「Evidence based medicineは多くの利点があったが、いくつかの意図されなかった負の結果があった」ことが述べられています。

Crisisとして挙げられているのは、次のようなことです:
・エビデンスに基づいた「品質マーク」が既得権益者に悪用されている。
・エビデンスの量、特に臨床ガイドラインの量が多すぎて参照しきれなくなっている。
・統計的に有意な利益は、臨床現場ではわずかmarginalなものかもしれない。
・融通の利かないルールやテクノロジーを駆使したプロンプトは、患者中心ではなくマネージメント主導のケアを生み出す可能性がある。
・エビデンスに基づくガイドラインは、複雑な多臓器疾患にはうまく対応できないことが多い。

次に、☆Real evidence based medicine(真のEBM)は次のようなものであると述べています:
・患者の倫理的なケアを最優先事項とする。
・臨床家と患者が理解できるフォーマットで個別化したエビデンスを求める。
・機械的な規則に従うことではなく専門家の決断により特徴づけられる。
・意味のある対話を通して患者と決断を共有する。
・臨床家-患者の強い関係とケアの人間的側面の上に構築する。
・エビデンスに基づく公衆衛生にはコミュニティーレベルでこれらの原則を適用する。

そして、☆真のEBMを提供するためのアクションとしては以下のものが挙げられています:
・患者はより良いエビデンス、より良い提示、よりよい説明、そしてより個別化した方法で適用されることを要求すべきである。
・臨床研修は文献検索と批判的吟味を超えた、専門家としての判断と協働意思決定Shared Decision Makingへ進むべきである。
・エビデンスサマリー、診療ガイドライン、意思決定支援ツールの作成者は利用者、目的、制約を明確にすべきである。
・出版者は研究が方法論的水準だけでなく利用しやすさusabilityの水準を満たすことを要求すべきである。
・政策決定者は既得権益者によるエビデンスの手段としての生成と利用に抵抗すべきである。
・独立した資金提供者が質の高い臨床的および公衆衛生のエビデンスの創生、統合、配布を形成することがますます必要である。
・研究計画はより広範で、より学際的で、疾患経験、エビデンスの解釈に関する心理学、臨床家と患者の交渉とエビデンスの共有、過剰診断による害の予防法を取り込むべきである。

そして、”真のEBMは個々の患者のケアを最優先事項とし、これらの状況下で、その疾患あるいは病態のこの時点で、何がこの患者のための最善の一連のアクションか、を問うものである”。”そのためには、エビデンスはその患者のために個別化されなければならない。適切なケアの決断は最善の(平均としての)エビデンスとは異なるかもしれない”と述べています。

この点ではDecision science, Multi-criteria decision analysis (MCDA)、Shared Decision Makingの理解と実践スキルが求められていると思います。

Comparative Effectiveness Research比較効果研究の必要性も関連してきます。

臨床研修はルールに従うことから、方向を変える必要があることも主張されています。”基礎的な数量リテラシーnumeracy、データベース検索、研究に対してシステマティックに質問できる能力を含む批判的吟味のスキルはEBMのコンピテンスの前提であり、臨床家はこれらを実際の患者に適用する必要がある”ということも述べられています。

最後に、☆真のEBMのためのキャンペーンとして、過剰医療への対策、すべての臨床研究の登録、医学研究おける無駄の低減、出版の水準の改善、統合化された医学教育が挙げられています。

2014年の論文なので、この論文で指摘された問題や課題は、今2021年の時点では、その後、解決されたり、解決に向かって進みつつあるものもあるでしょうし、2014年の時点ではまだわからずその後新たに出てきた問題や課題もあるでしょう。

MAGICappは、いまだ解決されていない課題に応えようとする活動のひとつのようですが、解決法はひとつではないでしょう。

エビデンスがないNo evidence

「。。。にはエビデンスがない」と言ったらその後には何が続くでしょう?

おそらく、「。。。はしない方がいい」でしょう。「。。。にはエビデンスがある」だったら?

おそらく、「。。。をした方がいい」でしょう。

果たしてこれでいいのでしょうか?

診療ガイドラインで推奨を作成する場合は、「。。。にはエビデンスがないから」「。。。をしないことを推奨する」でしょうか?「。。。にはエビデンスがあるから」「。。。をすることを推奨する」でしょうか?

エビデンスとはある・なしのどちらかでしょうか?さらに、益のエビデンスと害のエビデンスと両方考える必要があります。

US Preventive Task Force (USPSTF)は、推奨をA, B, C, D, Iに分類していることについて以前の投稿の中で述べました。この中で、Grade Cは”USPSTFは、専門家の判断と患者の好みPreferencesに基づいて、選択的に個人個人の患者に提供することを推奨する。正味の益が小さいことに少なくとも中等度の確実性がある”と定義されています。患者の好みPreferencesは患者の価値観と同義と考えてください。

Grade Iは”USPSTFは、現在のエビデンスがそのサービスの益と害のバランスを評価するのに不十分であると結論付ける。エビデンスはないか、貧弱か、あるいは矛盾しており、益と害のバランスを決められない”と定義されています。

益と害のバランスthe balance of benefits and harmsは正味の益the net benefitと同じ意味です。正味の益は、”The net benefit is defined as benefit minus harm of the preventive service as implemented in a general, primary care population. ” すなわち、その予防医療サービスが一般のプライマリケア集団で実行されるときの益ひく害が正味の益と定義される、と。ここでは益から害を減じた(引き算した)値を正味の益Net benefitと定義しています。

以上を前提に、Braithwaite RSの”EBM’s six dangerous words.” (文献)の意味を考えてみましょう。

“EBM’s six dangerous words.”とは”There is no evidence to suggest…”の6つの言葉のことです。つまり、「。。。を提案(示唆)するエビデンスはない」という表現のことです。

Braithwaite RSのこの論文における主張は、この表現は4つの意味でつかわれているので、そのどれなのかをわかるように最初からそれら4つの内のどれかの表現を使いましょうということです。

1.科学的エビデンスは決定的ではなく、どれが最善か分らない。(USPSTF Grade Iでベイジアン無情報事前分布の場合)
2.科学的エビデンスは決定的ではないが私の経験あるいはその他の知識は”X”を示唆する。(USPSTF Grade Iで”X”を示唆するベイジアン有情報事前分布の場合)
3.これは益がないことが証明されている(USPSTF Grade D)
4.これはどっちつかずで、ある患者には益が害を上回り、別の患者にはそうではない(USPSTF Grade C)

1の場合、USPSTFは、”臨床的考察のセクションを読み、もし、そのサービスを提供するのであれば、患者は益と害のバランスの不確実性を理解すべきである”とSuggestions for Practiceで述べています。すべきではないと決めつけているわけではありません。

2の場合は、1の場合と同様ですが、1と比べるとそのサービスが提供される可能性が高くなるでしょう。

1,2で事前分布Priorと言っているのは、Braithwaite RSです。USPSTFの記述にはありません。彼の考えは、その時点における仮説Hypothesisがあって、それが正しい確率P(H)が、その後データDataが得られるとその正しい確率P(H|D)はデータが正しい確率P(D)とその仮説が正しい時にそのデータが得られる確率P(D|H)によって決まるというベイズの定理の、P(H)のことです。P(H|D) = P(D|H)×P(H)/P(D)の式で表されます。

つまり、エビデンスが決定的でない、不確実性が高い場合でも、その程度は異なり、”私の経験あるいはその他の知識”の正しい確率=P(H)に相当する値は様々で、1の場合は、それが0に近い、2の場合は、もう少し大きいということになります。つまり、”今までの自分の経験や間接的なデータ、研究結果から、Xが有効の可能性が少しある”という場合と、”全くわからないが、Xはまず効果がある可能性は殆どゼロ”という場合では、判断が違ってきます。

3の場合は、害が益を上回る状態になります。だから、しない方がいい。

4の場合は、患者の価値観によって、ある患者にはすることになり、別の患者にはしなことになります。

とうことから、エビデンスがないからと言って、してはいけないという決断をすると多くの場合、間違った決断になってしまうでしょう。

臨床の現場では、何もしないという選択肢も含めて、どれかに決める必要があります。その際に、エビデンスがないからしない、という考え、また、診療ガイドラインにおいて、ランダム化比較試験がない領域では、推奨を作成することはできないという考えは、偏った考えではないでしょうか。

エビデンスの確実性は、All or nothingあるいは1か0かではありません。Quantitative Benefit-Risk Assessmentを行う際には、エビデンスの確実性を表すのに、確率分布を使います。以前の投稿、益と害の定量的評価法 Quantitative benefit-harm assessmentKeeney and RaiffaのSwing weightingを用いたMCDASwing weightingを用いたMCDAの結果、などを参照してください。

文献
Braithwaite RS: A piece of my mind. EBM’s six dangerous words. JAMA 2013;310:2149-50. doi: 10.1001/jama.2013.281996 PMID: 24281458

同じ論文が2020年に再掲されています。
Braithwaite RS: EBM’s Six Dangerous Words. JAMA 2020;323:1676-1677. doi: 10.1001/jama.2020.2855 PMID: 32369132