銀行口座での収支の計算を例にして、正味の益の計算について考えてみましょう。
銀行口座の残高の計算
銀行口座の残高はバランスBalanceと言います。
口座1があるとします。100人の人がこの口座へ入金したり、出金したりできるとします。口座は円で管理されています。最初は残高0円です。各自が得られる貨幣はドルかマルクのどちらかで、ひとりが硬貨を1枚だけ得ることができ、それを口座に入金できます。一方で、引き出す必要があるときは、ポンドかフランかどちらかで、ひとり硬貨1枚分だけ引き出して、それぞれの通貨で、支払いにあてることができます。
100人の人たちが、ある作業をします。何人かの人がそれぞれドルかマルクかの硬貨を1枚だけ得ることができます。一方で、何人かの人がポンドまたはフランの硬貨で(経費の)支払いが必要になります。
口座1の方では、その作業の結果、5人の人が1ドルずつ得たので、それを入金しました。別の4人の人が1マルクずつ得たのでそれを入金しました。5ドルと4マルクですが、円に交換して入金するので、それぞれ為替レートを掛け算して、円に変換した金額の合計が、収入として入金されることになります。570+264=834円入金されました。ここでは両替の手数料は0とします。
一方で、その作業のための支出として、2人がそれぞれ1ポンドずつ、1人が1フラン分出金して(経費)を支払うことになりました。2ポンドと1フランですが、円からそれぞれの通貨に交換して支払うので、為替レートを掛け算して、口座からは円に変換した金額が出金されることになります。支出は306+20=326円でした。同じく、両替の手数料は0とします。
収入-支出は図3に示すように、508円になります。口座1の残高は508円でした。この残高Balanceは正味の益Net benefitと同じ意味です。
もうひとつ別の口座、口座2があるとします。こちらも口座1と同様で、100人の人がこの口座へ入金したり、出金したりできるとします。口座は円で管理されています。
100人の人たちが、ある作業をします。その作業は口座1の人たちとは違う作業です。作業した結果、5人の人が1ドルずつ得たので、それを入金しました。別の5人の人が1マルクずつ得たのでそれを入金しました。5ドルと5マルクですが、円に交換して入金するので、それぞれ為替レートを掛け算して、円に変換した金額の合計が、収入として入金されることになります。570+330=900円が入金されました。
一方で、その作業のための支出として、3人がそれぞれ1ポンドずつ、2人がそれぞれ1フランずつ出金して(経費)を支払うことになりました。3ポンドと2フランですが、円からそれぞれの通貨に交換して支払うので、為替レートを掛け算して、円に変換した金額が出金されることになります。支出は459+40=499円でした。
収入-支出は図4に示すように、401円になります。口座2の残高は401円です。この残高Balanceは正味の益Net benefitと同じ意味です。
もしどちらかの作業を選択できるとしたら、どちらを選択しますか?508円>401円ですから、口座1の方の作業を選ぶでしょう。
口座1の方の作業より、口座2の方の作業の方が、100人全体で、1マルク多く得られますが、支出も1ポンド+1フラン多くなります。これだけでは、どちらがいいかわかりませんが、為替レートを掛け算して残高を計算すると、口座1の方の作業の方が残高が多いことが明確になります。
これを医療的介入にあてはめると、ドル、マルク、ポンド、フランのそれぞれの通貨がアウトカム、硬貨の数すなわちそれらを得た人数が効果の大きさ、為替レートがアウトカムの重要性に相当します。
二つの口座の残高の比較
口座1と口座2の残高のどちらが多いかを比べたい場合、残高の差額を計算する方法は少なくとも二通りあります。
ひとつは、すでにやったように、口座ごとに残高を集計して、その差を求める方法です。もうひとつの方法は、通貨ごとの差を先に求めて、それを集計する方法です。図5に示すように、どちらの方法でも結果は同じになります。
左側に示す、口座ごとの残高をまず計算してから、二つの口座の残高の差額を計算する場合、収入はプラス、支出の方はマイナスで各講座の総和を計算して、ぞれぞれの残高を計算します。二つの口座の残高の差額を計算する場合、どちらを基準にするかを決める必要があります。ここでは、口座2を基準にし、差額は、口座1の残高-口座2の残高として計算しています。臨床の二つの介入を比較する場合にあてはめると、口座1が介入群になり、口座2が対照群になります。もし、差額がマイナスになれば、対照群の方が正味の益が大きいということになります。プラスなら、介入群の方が正味の益が大きいということになります。
右側に示す、二つの口座の間で、通貨ごとの差を集計する方法では、収入の部では差額のプラス・マイナスはそのまま、支出の部では、プラス・マイナスを逆にして合計する必要があります。右側の例では、支出は2種類の硬貨ともマイナスになっています。つまり、口座1の方が口座2より額が大きかったということで、プラス・マイナスを逆にして総和を求める必要があります。
ここで示す二つの方法の内、前者は絶対リスクで各介入群ごとに正味の益を計算して、群間の差を計算する方法、後者はリスク差Risk Difference、RDを用いて計算する方法に相当します。いずれも結果は同じなります。この通貨の例では、100人が作業を行うことを想定しましたが、RDに100を掛け算した値を用いて計算すれば、症例数100人あたりの計算になります。
RDを用いて正味の益を計算する場合、そのアウトカムが有益な事象なのか、有害な事象なのかによって、別の視点では、RDが増加すると望ましいのか、減少すると望ましいかによって、プラス・マイナスを決める必要があります。介入群の絶対リスク-対照群の絶対リスクとしてRDを計算する場合、アウトカムが有益な事象の場合は、RDはプラスで値が大きいほど益が大きくなりますが、アウトカムが有害な事象の場合は、RDはマイナスで値が小さいほど(絶対値が大きいほど)益が大きくなります。後者の場合、プラス・マイナスを逆にして総和を求める必要があります。