実世界をとらえたり、分析したりするときは、より単純化されたモデルを作って、モデルで比較したり、モデル上でさまざまなデータを入れて結果を比べたりすることが行われます。また、われわれが実世界に働きかける場合も、モデルを通してそれを行っています。実世界ではあまりに多くの要素が相互作用して結果が出てくるので、より単純化して重要な要素だけを解析するしかないとも言えます。今後は、患者さんの全体験をビッグデータとして記録して、解析することが可能になるかもしれません。記録用のデバイス、記録方法、データ保存、データ解析法など開発が必要ですが。
さて、モデルを作ることをmodeling(米)、modelling(英)といいます。日本語ではモデル化あるいはモデル作成ということになります。
医療の分野で、診断的介入あるいは治療的介入の効果Effectivenessを調べる際は、介入の影響を受け変化するであろうその人に関する様々な要素を測定します。介入を受けて変化する要素は無数にあり、すべてを測定することはできないので、重要な要素に限定します。それはアウトカムOutcomeと呼ばれています。しかも、ランダム化比較試験では主要アウトカムはひとつに限定することが推奨されています(CONSORT The Consolidated Standards of Reporting Trials statement)。それは統計学な理由と、参加する患者さんの人数(サンプルサイズ)をできるだけ少なくするためです。それ以外は、副次アウトカムとして数個設定されるのが普通です。サンプルサイズは主要アウトカムに対する効果の推定値に基づいて計算されるので、副作用などの頻度の低い副次アウトカムはサンプルサイズが足りなくて検出されないことも多くなります。歴史的には、発売後に大勢の患者さんが使ってはじめて重大な副作用が起きることがわかって販売中止になったり、適用がより限定されたりしたことが起きています。
なお、患者さんが直接測定して報告するアウトカムのことはPatient-reported outcome (PRO)と呼ばれ、近年重要視されてきました。アメリカでは2009年にPatient-Centered Outcomes Research Institute (PICORI)が設置され、そのホームページには”Improving Outcomes Important to Patients. PCORI funds studies that can help patients and those who care for them make better-informed healthcare choices.”と書かれています。”患者さんにとって重要なアウトカムを改善する。患者さんと医療者がより良い情報を与えられたうえでの医療の選択ができるよう手助けする研究に研究費を助成する”と書かれています。
さて、益と害Benefits/Harmsの複数のアウトカムに及ぼす介入の効果の大きさと確実性に基づいて、全体としての益と害の大きさとバランス、正味の益を評価する際にさまざまなモデルが提唱されてきました(Mt-Isa S 2014, Puhan MA 2013,
Boyd CM 2012, Guo JJ 2010 などにまとめられています)。どのモデルを使う場合でも、重要なアウトカムを無視していないか慎重でなければなりません。取り上げたアウトカムだけで最善の介入を決めていいかどうかよく考える必要があります。また、未知のアウトカムが将来問題になることもありうることも認識しておく必要があります。
すべてのアウトカムに関して、ひとつの介入が優れていれば、価値観・好みは関係なく、最善の介入がどれかを決めることができます。トレードオフがある場合には、アウトカムに対する価値観と好みValues and preferencesがわからないと、評価ができません。益と害のバランスあるいは正味の益がわかっても、さらに、負担Burdensと費用Cost・資源Resourceが問題になってきます。負担は入院、手術を受けるといったことで、費用は金銭的な費用、資源は医療設備、人的リソース(専門性や医療技術などを含む)などです。
そして、最善の介入を決める際に用いるモデル自体にも不確実性が伴っていることを忘れてはいけません。