EBM crisis?

MGICappのウェブサイトPublicationsのタブを開くと、Vandvik Pの2016年のGuidelines International Network (G-I-N)における”The Evidence Ecosystem”と題する発表のビデオがあり、その2分6秒(2:06)で取り上げられている論文が、2014年のGreenhalgh TらのBMJに発表された論文です。タイトルは”Evidence based medicine: a movement in crisis?”です。7年前の論文ですが、「Evidence based medicineは多くの利点があったが、いくつかの意図されなかった負の結果があった」ことが述べられています。

Crisisとして挙げられているのは、次のようなことです:
・エビデンスに基づいた「品質マーク」が既得権益者に悪用されている。
・エビデンスの量、特に臨床ガイドラインの量が多すぎて参照しきれなくなっている。
・統計的に有意な利益は、臨床現場ではわずかmarginalなものかもしれない。
・融通の利かないルールやテクノロジーを駆使したプロンプトは、患者中心ではなくマネージメント主導のケアを生み出す可能性がある。
・エビデンスに基づくガイドラインは、複雑な多臓器疾患にはうまく対応できないことが多い。

次に、☆Real evidence based medicine(真のEBM)は次のようなものであると述べています:
・患者の倫理的なケアを最優先事項とする。
・臨床家と患者が理解できるフォーマットで個別化したエビデンスを求める。
・機械的な規則に従うことではなく専門家の決断により特徴づけられる。
・意味のある対話を通して患者と決断を共有する。
・臨床家-患者の強い関係とケアの人間的側面の上に構築する。
・エビデンスに基づく公衆衛生にはコミュニティーレベルでこれらの原則を適用する。

そして、☆真のEBMを提供するためのアクションとしては以下のものが挙げられています:
・患者はより良いエビデンス、より良い提示、よりよい説明、そしてより個別化した方法で適用されることを要求すべきである。
・臨床研修は文献検索と批判的吟味を超えた、専門家としての判断と協働意思決定Shared Decision Makingへ進むべきである。
・エビデンスサマリー、診療ガイドライン、意思決定支援ツールの作成者は利用者、目的、制約を明確にすべきである。
・出版者は研究が方法論的水準だけでなく利用しやすさusabilityの水準を満たすことを要求すべきである。
・政策決定者は既得権益者によるエビデンスの手段としての生成と利用に抵抗すべきである。
・独立した資金提供者が質の高い臨床的および公衆衛生のエビデンスの創生、統合、配布を形成することがますます必要である。
・研究計画はより広範で、より学際的で、疾患経験、エビデンスの解釈に関する心理学、臨床家と患者の交渉とエビデンスの共有、過剰診断による害の予防法を取り込むべきである。

そして、”真のEBMは個々の患者のケアを最優先事項とし、これらの状況下で、その疾患あるいは病態のこの時点で、何がこの患者のための最善の一連のアクションか、を問うものである”。”そのためには、エビデンスはその患者のために個別化されなければならない。適切なケアの決断は最善の(平均としての)エビデンスとは異なるかもしれない”と述べています。

この点ではDecision science, Multi-criteria decision analysis (MCDA)、Shared Decision Makingの理解と実践スキルが求められていると思います。

Comparative Effectiveness Research比較効果研究の必要性も関連してきます。

臨床研修はルールに従うことから、方向を変える必要があることも主張されています。”基礎的な数量リテラシーnumeracy、データベース検索、研究に対してシステマティックに質問できる能力を含む批判的吟味のスキルはEBMのコンピテンスの前提であり、臨床家はこれらを実際の患者に適用する必要がある”ということも述べられています。

最後に、☆真のEBMのためのキャンペーンとして、過剰医療への対策、すべての臨床研究の登録、医学研究おける無駄の低減、出版の水準の改善、統合化された医学教育が挙げられています。

2014年の論文なので、この論文で指摘された問題や課題は、今2021年の時点では、その後、解決されたり、解決に向かって進みつつあるものもあるでしょうし、2014年の時点ではまだわからずその後新たに出てきた問題や課題もあるでしょう。

MAGICappは、いまだ解決されていない課題に応えようとする活動のひとつのようですが、解決法はひとつではないでしょう。

Shared decision makingすべての帰結を考える

Elwyn Gらは2016年の論文の中で、Shared decision makingの影響は広範囲に及び、それらをすべて解析すべきであると述べています。そして、Abstractの最後に次のように書いています。

“…well-informed preference-based patient decisions might lead to safer, more cost-effective healthcare, which in turn might result in reduced utilization rates and improved health outcomes.” 
「十分に情報を与えられたpreference選好に基づく患者の決断(意思決定)はより安全で、より費用効果のある医療へ通じるかもしれず、それはさらに利用率の低下と健康アウトカムの改善をもたらすかもしれない」

Elwyn Gらは2016年にShared Decision Making in Health Care: Achieving Evidence-based Patient Choiceという書籍を出版していることは、「Medical Decision Making書籍」の投稿で紹介しました。

AHRQのSHAREアプローチのツール5で述べられているように、益だけでなく害についても絶対リスクを提示しながら説明することが勧められています。もしそれが広く行われるようになると、その治療を受けようとする人が減るかもしれません。正味の益net benefitが期待していたより小さいと考える人が多ければ、その治療を受けようとする人が減るでしょう。Risk seekerリスクをとることをいとわない人が多い場合は、益が大きければ害が大きくても治療を受けるという人が多いかもしれません。

文献:Elwyn G, Frosch DL, Kobrin S: Implementing shared decision-making: consider all the consequences. Implement Sci 2016;11:114. PMID: 27502770

SHAREアプローチツール5

アメリカAHRQSHAREアプローチツール5では数値データについてどのように説明するかすなわち数量リテラシーの課題が取り上げられています。

健康数量リテラシーHealth numeracyの低い人は量の情報の理解に困難を感じ、益Benefitsと害Risksの理解に問題があって、その結果Shared decision makingに不可欠の治療オプションの理解ができないかもしれません。実際に治療が始まっても、治療計画に従うことが困難で、結果としてより悪い医学的アウトカムになってしまいます。

数字は明確に用いましょう:
1.推定値を示して、精密さを追求しましょう。
    リスクの説明の際に、”低リスク”のような記述的な言葉はやめて、たとえば、”研究ではステントを入れた100人中1人か2人でステントに血栓ができます”と言いましょう。
2.小数点あるいはパーセントのかわりに人数(頻度)を使いましょう。
    たとえば、”0.13″あるいは”13パーセント”と言うかわりに、”100人中13人で”と言いましょう。
3.数値を比較する時は、分母と時間枠を同じにしましょう。
    たとえば、”あなたのような女性10人中およそ6人が、この薬を飲まない場合、10年の内に骨折を起こします。この薬を飲んだあなたのような女性の10人中およそ3人が10年の内に骨折します。この薬を飲むと、あなたが骨折するチャンスはおよそ半分まで下がります。”
4.相対リスクではなく、絶対リスクを提示しましょう。
    絶対リスクはひとつのグループでの健康イベントの起きる数の推定値で、より強く個人のリスクを感じさせます。たとえば、”喫煙者は一生の間に2倍脳卒中を起こします”というよりも、”1000人のたばこを吸わない人では3人が一生の間に脳卒中を起こし、1000人のたばこを吸う人は6人が一生の間に脳卒中を起こします”と言いましょう。
5.アウトカムをポジティブとネガティブの両面から説明しましょう。
    たとえば、”この治療では10人に2人で副作用が起きます、そして10人に8人は副作用が起きません。”
6.あなたの患者さんがどの測定尺度‐標準かメトリックか-を使うかを見つけましょう。
    たとえば、”説明はオンスとグラムとどちらを使ってほしいですか?”と尋ねましょう。

数字を意味あるものにしましょう:
多くの人々が数字の意味付けに困難を感じます。患者さんへのあなたの数字の提示の仕方が意味づけすることを手助けすることができます。
1.数字を限定する。
    数字とそれらの意味を議論する時は、同時には2-3個のコンセプトに集中し、キーになる情報をハイライトしましょう。リスクとベネフィットの統計値、血糖値、用量の指示のように、正確さが必要な場合は、数字を使いましょう。
2.日常語を使う。
    たとえば、”49パーセント”と言うのであれば”約半分”と言いましょう。
3.数学をする。
    あなたの患者さんのために計算を実行しましょう。たとえば、患者さんに1年間のリスク率から計算することを期待するより、10年の期間でのリスクがいくつかを伝えましょう。
4.親しみのあるオブジェクトへのアナロジーと対比を用いる。
    たとえば、”胆石は砂粒の様に小さいものから、ゴルフボールほどの大きさのものまであります。あなたの胆石はおよそ0.5センチメートルの大きさで、大体グリーンピースくらいの大きさです。
5.図を見せる。
    たとえば、患者さんの痛みのレベルについてコミュニケートするため、Wong-Baker FACES pain scaleを用いる。
6.ティーチバックテクニックを用いる。
    Using the Teach-Back Technique: A Reference Guide for Health Care Providers (Tool 6)を参照のこと。今提示した数値について患者さん自身の言葉で説明するよう頼みましょう。これによりあなたの患者さんが理解していることを確認できます。数字を含む説明用の図(グラフ、チャート、表)を使った場合は、理解をチェックすべきです。

ビジュアルエイドでリスクについてコミュニケーションする:
ビジュアルエイドは確率の数値による表現をグラフィカルに単純に表したものです。さまざまなグラフの中で、特に、アイコンの配列、バーグラフ(棒グラフ)、折れ線グラフなどがあります。文章に、良いビジュアルエイドを追加することは、患者さんに文脈に位置付けられたリスクの数字を見ることを手助けし、そうすることで単なるデータでなく、情報を提供します。
アイコン配列(ピクトグラフとも呼ばれる)は比率を示す。パイグラフは比率を示す。バーグラフ(棒グラフ)は数値を比較する。折れ線グラフは時間軸における変化を示す。

実際のグラフの例がこの後に提示されています。

ビジュアルエイドについてはPROTECTに関する投稿の中で、Hallgreenらの論文やPROTECT Benefit-Risk groupのサイトのVisualizationsのページを紹介しました。

SHAREアプローチツール4

アメリカAHRQSHAREアプローチツール4では医療・健康リテラシー、コミュニケーションの課題が取り上げられています。

”健康リテラシーが不十分な人は、入院や救急受診が多くなり、慢性疾患の治療に問題を起こしやすくなり、必要な検査を受けないことが多くなり、予防医療を活用しない傾向が高くなることが示されています。これらの知見は研究による裏付けがあり、2つの文献が引用されています。

これらの人は、より高齢で、慢性疾患を持っており、低収入で、人種的マイノリティで、高校を卒業していないか総合教育開発テストで低スコアで、英語が母国語でない可能性がより高いことが示されています。

具合が悪い、恐れを抱いている、あるいは疲労状態にある患者さんは健康に関する情報の理解に問題があるかもしれません。”

さて、ツール4にはDecision aidsデシジョンエイドについても記載があり、 デシジョンエイドを用いる場合にチェックすべき項目として以下の7つがあげられています。

  1. デシジョンエイドが理解可能で、実行可能であるかをPatient Education Materials Assessment Tool (PEMAT)を用いてチェックする。
  2. ゆっくり、やさしく話す。
  3. 平易な言葉を使い、専門用語を避ける。
  4. デシジョンエイドのプリントに〇をつけたり、線を引いたり、患者さんに氏名を記入してもらい、個別化する。
  5. 意思決定に用いる数値データ(効果推定値など)を患者さんに意味のある方法でデシジョンエイドの中に提示する。
  6. 患者さんが情報を理解していることを確認すること。患者さんに説明したことを本人の言葉で語らせることで確認する(ティーチバック)。
  7. 言語あるいは聞き取りに問題がある場合は、資格を有する医療通訳を同席させる。

この中で出てくる、PEMATはUnderstandabilityのドメインに6つのトピックと19項目、Actionabilityのドメインに7項目あり、計26項目から構成されています。各項目についてDisagree 0、Agree 1、Not Applicable NAで評価し、Agreeの項目の割合をパーセントで算出します。(リンク

また、ツール5引用されているのですが、International Patient Decision Aids Standards (IPDAS) Collaborationがデシジョンエイドの基準を2012年に発表しています。Resourcesのページに発表された論文の一覧があります。IPDAS Versions & Useのページには日本語訳へのリンクがあります。

さまざまな臨床状況でさまざまな診断法、治療法の選択についてShared decision makingが求められる場合、それぞれに対応したデシジョンエイドを数多く用意しておく必要があることになると思います。