EMAのBenefit-risk methodology

EMAはEuropean Medicines Agency (欧州医薬品局)のことで、European Union (EU)欧州連合の医薬品規制当局です。EMAは医薬品の許認可の際にBenefitsがRisksを上回るかどうかを審査します。次のように述べられています:”The European Medicines Agency’s opinions are based on balancing the desired effects or ‘benefits’ of a medicine against its undesired effects or ‘risks’. The Agency can recommend the authorisation of a medicine whose benefits are judged to be greater than its risks. In contrast, a medicine whose risks outweigh its benefits cannot be recommended for marketing.”すなわち、”医薬品の望ましい効果=Benefitsベネフィットがその望ましくない効果=Risksリスクより大きいと判断された時に認可を推奨する”とのことです。

EMAは医薬品のbenefitsとrisksのアセスメントをより一定した、より透明性の高い、審査がより容易なものにするために、当局の作業の中で使用できる、Decision-making model決断モデル(意思決定モデル)を見つけるためのBenefit-risk methodology projectを2009年に開始しました。その結果を5つのWork packageとして公開しています。ただし、これらはThe Committee for Medicinal Products for Human Use (CHMP) 欧州医薬品庁ヒト用医薬品委員会の見解を代表するものではなく、研究あるいは一つの例として取り扱うべきことが免責条項で述べられています。

Work packge 1 report: description of the current practice of benefit-risk assessment for centralised procedure products in the EU regulatory networkを見ると、2009年に、5か国の規制当局の42名のキーパーソンにインタビューをして当時の現状の調査をしています。インタビューの項目の中には、Benefits、Risksの理解、Benefit-risk assessmentのプロセスが含まれています。インタビューの結果、全員が”Benefit-risk balanceは専門家の判断によるものであり、許認可のプロセスで最も難しいステップである”ことを認め、”The benefit-risk balance is assessed mainly intuitively, the responsibility of an accountable senior assessor in some agencies or of a group in other agencies, as a result of extensive discussion. “と述べられています。つまり、この時点では、Benefit-riskのバランスは主に直感的に評価されていたと述べられています。

Work package 4 report: Benefit-risk tools and processesを見ると、Benefit-riskアセスメントの枠組みとしては、PrOACT-URL、モデルとしては、Multi-criteria decision analysis (MCDA) models(多基準決断分析モデル)が最も医薬品の許認可の作業プロセスに適合すること、また、これらの適用は”判断が難しい場合、異論が多い場合に有用であろう”と述べられています。具体的には、”ベネフィット・リスクのバランスが近接している、効果の臨床的意義の判断により望ましいあるいは望ましくないのいずれの方向にも傾きうる場合、多くの属性が相反する方向である場合”が上げられています。PrOACT-URLについてはPharmacoepidemiologic Reseach on Outcomes of Therapeutics by European Consortium PROTECT解説を参照してください。MCDAについてもPROTECTに解説があります。


Multi-Criteria Decision Analysis (MCDA)

MCDA多基準決断分析はMultiple Criteria Decision Analysisとも呼ばれています。MCDAでは、選択肢がいくつかある場合、それらを比較するための判定基準となる評価項目あるいは基準項目Criteriaをいくつか設定しモデルを作成します(図)。

評価項目の相対的重要性を決め、さらにそれぞれの評価項目ごとにどの選択肢が好ましいかを決めます。これらの決め方にはいろいろな方法があります。たとえば、Analytic Hierarchy Process (AHP)階層分析法では9分の1から9倍まででスコアリングします(図)。

各選択肢について選択肢の比較のスコアと基準項目の比較に基づく重みの積を合計してひとつの値に集約し、その値が最大の選択肢を最善の選択肢とします。多くの場合、スコアと重みは標準化(合計が1あるいは100%)になる様に変換する)してから計算が行われ、Eigen valueを用いたり、Centroidが用いられたりすることも行われています。AHPとOrdinal method(Rank order method)順位法については森實敏夫:第35回 価値観を反映した益と害の評価法。あいみっく 2015;36:86-91.を参考にして下さい。

さて、MCDAにはさまざまな手法がありますが、ISPOR MCDA Emerging Good Practices Task ForceがMCDAに関する2つの報告を出しています(文献リスト)。

その中でThokala P 2016ではMCDAが適用されるであろう例としてShared Decision Making協働意思決定を上げています。SDMにおける患者と臨床家のMCDAの適用は、”関連するリスクとベネフィットが症例ごとに異なる場合、患者さんが異なる好み(preferences)を持っている場合の一度きりの決断(one-off decision)。したがって、基準とその重要性は決断ごとに異なる。”場合であると。

Modeling

実世界をとらえたり、分析したりするときは、より単純化されたモデルを作って、モデルで比較したり、モデル上でさまざまなデータを入れて結果を比べたりすることが行われます。また、われわれが実世界に働きかける場合も、モデルを通してそれを行っています。実世界ではあまりに多くの要素が相互作用して結果が出てくるので、より単純化して重要な要素だけを解析するしかないとも言えます。今後は、患者さんの全体験をビッグデータとして記録して、解析することが可能になるかもしれません。記録用のデバイス、記録方法、データ保存、データ解析法など開発が必要ですが。

さて、モデルを作ることをmodeling(米)、modelling(英)といいます。日本語ではモデル化あるいはモデル作成ということになります。

医療の分野で、診断的介入あるいは治療的介入の効果Effectivenessを調べる際は、介入の影響を受け変化するであろうその人に関する様々な要素を測定します。介入を受けて変化する要素は無数にあり、すべてを測定することはできないので、重要な要素に限定します。それはアウトカムOutcomeと呼ばれています。しかも、ランダム化比較試験では主要アウトカムはひとつに限定することが推奨されています(CONSORT The Consolidated Standards of Reporting Trials statement)。それは統計学な理由と、参加する患者さんの人数(サンプルサイズ)をできるだけ少なくするためです。それ以外は、副次アウトカムとして数個設定されるのが普通です。サンプルサイズは主要アウトカムに対する効果の推定値に基づいて計算されるので、副作用などの頻度の低い副次アウトカムはサンプルサイズが足りなくて検出されないことも多くなります。歴史的には、発売後に大勢の患者さんが使ってはじめて重大な副作用が起きることがわかって販売中止になったり、適用がより限定されたりしたことが起きています。

なお、患者さんが直接測定して報告するアウトカムのことはPatient-reported outcome (PRO)と呼ばれ、近年重要視されてきました。アメリカでは2009年にPatient-Centered Outcomes Research Institute (PICORI)が設置され、そのホームページには”Improving Outcomes Important to Patients. PCORI funds studies that can help patients and those who care for them make better-informed healthcare choices.”と書かれています。”患者さんにとって重要なアウトカムを改善する。患者さんと医療者がより良い情報を与えられたうえでの医療の選択ができるよう手助けする研究に研究費を助成する”と書かれています。

さて、益と害Benefits/Harmsの複数のアウトカムに及ぼす介入の効果の大きさと確実性に基づいて、全体としての益と害の大きさとバランス、正味の益を評価する際にさまざまなモデルが提唱されてきました(Mt-Isa S 2014, Puhan MA 2013,
Boyd CM 2012, Guo JJ 2010 などにまとめられています)。どのモデルを使う場合でも、重要なアウトカムを無視していないか慎重でなければなりません。取り上げたアウトカムだけで最善の介入を決めていいかどうかよく考える必要があります。また、未知のアウトカムが将来問題になることもありうることも認識しておく必要があります。

すべてのアウトカムに関して、ひとつの介入が優れていれば、価値観・好みは関係なく、最善の介入がどれかを決めることができます。トレードオフがある場合には、アウトカムに対する価値観と好みValues and preferencesがわからないと、評価ができません。益と害のバランスあるいは正味の益がわかっても、さらに、負担Burdensと費用Cost・資源Resourceが問題になってきます。負担は入院、手術を受けるといったことで、費用は金銭的な費用、資源は医療設備、人的リソース(専門性や医療技術などを含む)などです。

そして、最善の介入を決める際に用いるモデル自体にも不確実性が伴っていることを忘れてはいけません。