EBMのテキストブックにおける臨床決断の扱い

EBM(Evidence-Based Medicine)の教科書として、知らない人はいない、Straus SE, Glasziou P, Richardson WS, Haynes RB: Evidence-Based Medicine: How to practice and teach EBM. (5th edition) . 2019, Elsevier, London, UK. をもう一度読み直し、EBMと臨床決断との関係について考えてみました。

さて、EBM実践の5つのステップは図1に示す通りで、医療に携わっている人で知らない人はいないと思います。以前の投稿でも解説しました。

図1.EBM実践の5つのステップ。

”Step 1: 必要な情報を回答可能な質問に変換する”はPICO形式のクリニカルクエスチョンを作成すること、つまり、Population対象、Intervention介入、Comparator対照、Outcomeアウトカムの4つの項目を設定すると考えられているでしょう。しかし、アウトカムは重要なアウトカムをひとつ設定すればいいのでしょうか?臨床決断のためには、複数の益と害のアウトカムに対する介入の効果の大きさと確実性を分析する必要があります。益のアウトカムあるいは自分が疑問に思う、あるいは自分の興味あるアウトカムに対する効果だけを調べるだけでは、臨床決断に必要な情報は得られないかもしれないということになります。

このテキストブックでは、4章から6章まで以下の主題に関する研究論文を評価する際に、つまり”批判的吟味”を行う際に、①妥当か?②重要か?③適用可能か?の順に沿った枠組みで、評価することが述べられています。第4章では、臨床決断分析の研究論文や診療ガイドラインの批判的吟味についても述べられています。

4 Therapy: ランダム化比較試験、システマティックレビュー、臨床決断分析、医療経済分析、診療ガイドライン、n-of-1臨床試験

5 Diagnosis: 診断検査法、事前確率、複数の診断検査法、スクリーニング

6 Prognosis: 予後

7 Harm: 害

このステップは治療、診断、予後、害のいずれの場合も共通です(図2)。

図2.批判的吟味の共通のステップ。(Straus SE 2019に基づいて投稿者が作成)。

個別のランダム化比較試験についての記述では、3つのステップのそれぞれにおける評価項目が設定されています(図3)。その適用可能性の評価項目をみると、”われわれの患者がその治療により得られる可能性のある益と害は?”という項目があります。

図3.ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)の各ステップの評価項目。(Straus SE 2019に基づいて投稿者が作成)。

批判的吟味の対象の研究論文に”益と害は何か?”、あるいは、益と害の大きさが直接記述されているわけではありません。益のアウトカム、害のアウトカムに対する介入の効果は記述されていて、それらを知ることはできるでしょう、しかし、それがそのまま益と害の大きさを表すわけではありません(Aler BS 2018, 2019)。また、一つのランダム化比較試験の研究論文では、すべての重要アウトカムに対する効果を知ることができない場合もあります。(比較効果研究Comprative Effectiveness Research, CERであれば、直接益と害の大きさの推定について、記述されているかもしれません。以前の投稿 および。)

ここでは、”われわれの患者が。。。”ですから、目の前の患者がその介入を実施した場合、どのような益と害を受けるのか?をその担当医が判断することを求めていると考えられます。Population-perspectiveの研究結果から、Individual-perspectiveの意思決定を行うということになります。しかし、その判断をどうやったらいいのでしょうか?しかも、Shared Decision Making(以前の投稿 を参照)のステップを踏んで、患者の価値観を聴いた上で、医療のセッティングを考慮した上で、決断Decision Making するということはどのようなことなのでしょうか?

本書の第4章には、臨床決断分析に関する部分がありますが、そこは臨床決断分析の研究論文の批判的吟味の手順についての記述であり、臨床決断はどのようにしたらいいのか?について書かれているわけではありませんので、そこを読んでも臨床決断の科学的な方法や、限界についてわかるようになるわけではありません。

ひとりひとりの患者さんは属性、価値観が異なり、同じ条件の人はまずいません。そのため、このようなテキストブックでは臨床決断を一般的な方法論として扱うことはできず、医師の裁量権の中で、個別に判断すべきという考えなのかもしれません。しかし、個別の臨床決断を論理的、科学的に行うにはどうしたらいいか?は極めて重要なテーマです。

また、診療ガイドラインでは推奨を作成する必要があるため、本来、決断分析が必要になるはずです。医療経済評価でもそうですし、医療政策もそうです。Elstein ASは2004年の時点で、これらのことを指摘しており、また、決断分析は医療界に広く受け入れられていないことをすでに指摘しています(Elstein AS 2004)。現在もあまり変わっていないように思えます。

診療ガイドラインでは、エビデンスの確実性だけでなく、益と害のバランス(正味の益)、Population-perspectiveとIndividual-perspective、強い推奨と弱い推奨、デシジョンエイド、などについて十分な理解が必要です。診療ガイドライン作成には、EBMの枠組みを超えた知識、スキルが必要です。

実臨床における臨床決断Medical Decision Making、協働意思決定Shared Decision Making 、そして診療ガイドライン作成Development of Clinical Practice GuidelineにはEBMのテキストブックではカバーされていない知識・スキル、すなわち少なくとも決断の科学Decision Scienceについて知る必要があると考えた方がいいようです。

本ブログでもいままで何回か決断分析について取り上げています。

  • Multi-Criteria Decision Analysis (MCDA)
  • Multi-Criteria Decision Analysis (MCDA)のステップ
  • Keeney and RaiffaのSwing weightingを用いたMCDA
  • Swing weightingを用いたMCDAの結果
  • EMAのBenefit-risk methodology
  • FDAのBenefit-Risk Assessment Framework 
  • FDAのBenefit-Risk Assessment(続き) 

文献:
Alper BS, Ehrlich A, Oettgen P: 6 putting it all together: from net effect estimate to the certainty of net benefit.  BMJ Evidence-Based Medicine 2018;23(Supplement 1):
http://dx.doi.org/10.1136/bmjebm-2018-111024.6

Alper BSはウェブツールとしてNet Effect Calculatorを公開しています(EBSCO Health DynaMed Pus)。

Alper BS, Oettgen P, Kunnamo I, Iorio A, Ansari MT, Murad MH, Meerpohl JJ, Qaseem A, Hultcrantz M, Schünemann HJ, Guyatt G, GRADE Working Group: Defining certainty of net benefit: a GRADE concept paper. BMJ Open 2019;9:e027445. doi: 10.1136/bmjopen-2018-027445 PMID: 31167868

Elstein AS: On the origins and development of evidence-based medicine and medical decision making. Inflamm Res 2004;53 Suppl 2:S184-9. doi: 10.1007/s00011-004-0357-2 PMID: 15338074

Gail MH, Costantino JP, Bryant J, Croyle R, Freedman L, Helzlsouer K, Vogel V: Weighing the risks and benefits of tamoxifen treatment for preventing breast cancer. J Natl Cancer Inst 1999;91:1829-46. PMID: 10547390

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Alper BSはNet Effect Calculatorを公開しています(文献欄にリンクしてあります)。これは、二値変数アウトカムの場合、Gail/NCIの方法(Gail MH 1999)に準じているようで、Net effect正味の効果の点推定値とその信頼区間が算出されます。ただし、各アウトカムに対する効果の間に相関がある場合は、適用できないことになっています。

正味の効果とは、各アウトカムの重要性を設定し、それぞれのアウトカムに対する効果の大きさを最重要アウトカムの値に調整して、複数のアウトカムに対する効果の総和を算出したものです。例えば、最重要アウトカムの重要性が1.0でリスク差が100人に-10人、重要性を0.5に設定したアウトカムのリスク差が100人に4人の場合、後者は100人に4×0.5=2人分とみなして、総和を計算します。前者が、有害事象が減少する場合で、マイナスの値、後者が有害事象が増える場合でプラスの値、とすると、この例では、正味の効果は100人で-8人となります。さらに95%信頼区間の下限値と上限値を設定しますが、この二つの値は、点推定値に対して対称になります。正味の効果推定値は正規分布に従うことを前提としており、その分布の標準偏差SDと正味の効果の推定値の95%信頼区間の値が算出されます。(なおGail/NCIの方法では正味の益が増える場合にプラスの値になるよう計算する点で相違があります。)

臨床的エキスパティーズとEBM

Evidence-Based Medicine (EBM)におけるClinical Expertise 臨床的専門能力あるいは臨床的エキスパティーズについて、Haynesらのこのような図を見たことがある人は多いと思います。EBMはエビデンスだけで意思決定を行い、医療を行うのではないことを解説する文脈で用いられていることが多いと思います。

図1.EBMにおける臨床的エキスパティーズのモデル。

さて、科学的エビデンスだけではなく、臨床的状態・状況、患者の好み(価値観)と行動に臨床的エキスパティーズを統合して医療が行われると単純な理解でいいでしょうか?Wieten Sが2018年に発表した論文で深い考察をしているので、紹介します。

図2.3つのモデル。

モデル①: 「EBMは、臨床決断において、1.直感、2.系統的でない臨床経験、3.病態生理学的理論的根拠を重要視せず、臨床研究からのエビデンスの調査を強調している」。このような考え方から、モデル①が生まれた。ここで示されている、エビデンスピラミッドの層はひとつの例であるが、このようなエビデンスピラミッドのいずれの場合も、最低レベルは背景情報または臨床的エキスパティーズになっている。専門家の意見をエビデンス内に含め、それを一番下位に位置付ける考え方である。Wieten Sによれば、GRADEアプローチは専門家の経験(に基づくデータ)はエビデンスのひとつとみなし、エビデンスの評価に必要な専門家の判断・意見はエビデンスの外側に位置付けている。

モデル②:「個人の臨床的エキスパティーズは、臨床家個人が臨床経験、臨床実践を通じて、獲得した熟練と判断を意味する。エキスパティーズの向上は様々な面に反映されるが、特に、効果的で効率的な診断と、患者に対する臨床決断における患者の苦悩、権利、好みのより思慮深い同定とより共感的使用に反映される」。この記述から作成されたのがモデル②の図である。モデル②では、エキスパティーズをエビデンスから分離しており、モデル①とその点で異なる。最善の外的エビデンス、患者の価値観と期待、個人の臨床的エキスパティーズのVennダイアグラムの3要素が重なったところにEBMが置かれている。

モデル③:患者の好みと行動、研究エビデンス、臨床状態と状況の3つの要素の中央に臨床的エキスパティーズが置かれている。(これが最初に図1に示したものです。)臨床的エキスパティーズは臨床的スキルだけでなく、患者の臨床状態と臨床状況と研究エビデンス・患者の好みや行動すべてのバランスをとる能力も含まれる。研究エビデンスを解釈し、状況に対応して、様々なトレードオフを仕分け、その患者に最善の医療を実行するために、臨床的スキルを獲得し、研ぎ澄ますことが求められる。患者とのコミュニケーションが重要であり、患者の希望、好み(価値観)を確認しながら、情報を得たうえでの選択ができるように、患者の必要とする情報を提示することが今まで以上に求められている。

臨床的エキスパティーズはエビデンスの一部を占めることもあるが、大部分はエビデンスの外側にある。臨床的エキスパティーズは、診断、予後判定、効果的な患者とのコミュニケーション、正しい治療や診断の実行、ポピュレーションに基づくエビデンスを特定の個人としての患者へ適用することを含む。そして、患者の好みと行動、研究エビデンス、臨床状態と状況の3つの要素をまとめる力である。

これら3つのモデルは、互いに排他的なものではなく、それぞれに臨床に有用な情報を含んでいる。

Wieten Sは、さらに、エキスパティーズとは何かについて、哲学的考察を行っており、「考えなくても、連続して熟練した作業ができることflow of skilled coping」(Hubert Dreyfus)、「社会的に認知された政治的パワーをもつ専門的能力」(Stephan Turner)(GOBSAT Good Old Boys Sit Around A Tableのようなもの)、「統計学的予測ルールなどを用いないで直観力による判断ができること」Michael Bishop & JD Trout)、「その分野を熟知しており独自の貢献ができること(contributory expertise)または独自の貢献はできないがその分野の言語をマスターしていること(interactional expertise)」(Harry Collins & Robert Evans)について解説している。

さて、モデル③について自分の追加的考察を述べておきます。研究エビデンスを正しく理解していても、臨床的スキルが無ければ、介入を実行することはできないということは明白です。すべての医療はその医療者のコンピテンシー=臨床的エキスパティーズ+αを通じて実現することは否定のしようがありません。例えば、内視鏡的に治療可能な早期胃癌で、5年生存率は95%以上だと分かっていても、ESD Endoscopic Submucosal Dissectionができなければ、その医療は実現できません。また、委託可能なレベルでESDが出来るようになるにはどうしたらいいかは臨床研修の課題になります。

患者の好みと行動、研究エビデンス、臨床状態と状況の3つの要素から、実際の医療を実現できるかどうかは、臨床的エキスパティーズによって決まってきます。そして、EBMのステップ2,3のエビデンスの検索と批判的吟味は臨床的エキスパティーズの一部でしかありませんし(以前の投稿参照)、EBMのステップ4の患者への適用には深い理解と科学的・論理的深い思考が必要です。特に、エビデンスの検索と批判的吟味はシステマティックに行わないと、ひとつの論文の批判的吟味だけでは間違った結論に到達するリスクがあります。Shared Decision Making協働意思決定の能力も臨床的エキスパティーズに含まれます。

臨床決断Clinical Decision MakingあるいはMedical Decision Makingを科学的・論理的に行う能力は臨床的エキスパティーズに含まれることは明白ですが、決断の科学Decision Science、たとえばMulti-Criteria Decision Analysis (MCDA)などの知識・スキルが必要になり、これらは少なくともわが国では通常のEBMの教育コンテンツが十分カバーしているとはいいがたい状況です。EBMが臨床的エキスパティーズを包含しているというより、臨床的エキスパティーズがEBMのコンピテンシーを包含していると考えるべきですし、実際の医療も臨床研修もそのような構造で行われています。

EBMは学問の体系ではなく、医療実践の体系で、EBMのコンピテンシーは実践のために個人レベルで必要な知識、スキル(技能)、態度、価値観のことです。

Wieten Sの論文を熟読した上で、自分でも熟考することをお勧めします。

文献:

Wieten S: Expertise in evidence-based medicine: a tale of three models. Philos Ethics Humanit Med 2018;13:2. doi: 10.1186/s13010-018-0055-2 PMID: 29394938

Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH: Physicians’ and patients’ choices in evidence based practice. BMJ 2002;324:1350. doi: 10.1136/bmj.324.7350.1350 PMID: 12052789

Sackett DL, Rosenberg WM, Gray JA, Haynes RB, Richardson WS: Evidence based medicine: what it is and what it isn’t. BMJ 1996;312:71-2. doi: 10.1136/bmj.312.7023.71 PMID: 8555924

Evidence-Based Medicine Working Group: Evidence-based medicine. A new approach to teaching the practice of medicine. JAMA 1992;268:2420-5. doi: 10.1001/jama.1992.03490170092032 PMID: 1404801

SoF tableから正味の益 Net benefitの分析へ-4

このシリーズの1回目では絶対効果、Gail/NCIの方法、2回目では銀行口座の残高を”正味の益net benefit”に例えて、正味の益の計算、3回目では架空の治療薬の正味の益を4つのアウトカムに対するリスク差(RD、Risk Difference)から計算する方法を解説しました。4回目の今回は、Gail/NCIの方法で正味の益を計算するExcelシートを作ってみます。

アウトカムの重要性の設定は0~100の値でも0~1の値でも標準化、すなわち重要性の値の総和で割り算すると同じ値になるということを確認しておきましょう。また、アウトカムの重要性は患者さんの価値観Valuesによって決まる、すなわち個人の主観によって決まるので、人によって異なるのが当たり前です。当然のことながら、その個人の理解の度合いの影響も受けます。したがって、感度分析、すなわちありうるさまざまな値を設定して結果が変わらないかどうかを検討することが必要になります。

また、RDはそのアウトカムが生起する人の割合の2群の差なので、例えばアウトカムが益のアウトカムであれば、その益を受ける人数とその介入により得られる益の総和は比例する、つまり直線関係にあることが前提になります。さらに、異なるアウトカムが同じ人で生起した場合の価値はそれが2人の別の人で起きた場合と同じであるとみなしています。つまり、延べ人数で益と害の量を見ているということです。これらの前提は2つの介入を比較し、その差を解析することで、最終判断にエラーが起きる可能性はほとんどないと言えると思います。

図 Gail/NCIの方法に基づく正味の益を計算するExcelシート。

図にExcelシートの画面を示します。最大で10個のアウトカムに対処できます。必要であれば、行を追加してより多くのアウトカムに対処することも可能です。

ベージュのセルにはデータを入力します。薄緑のセルは入力規則を用いたプルダウンメニューから選択したデータが入力できるようになっています。白のセルは演算結果が出力されます。薄青のセルには総スコアすなわち正味の益の値が出力されます。下の方のセルには、該当するセルに入力されている式を示しています。もしこのシートを自分で作るのであれば、4行目のセルは、そのセルをコピーして以下の行のセルに貼り付けてください。

図のデータ例は3回目の例と同じデータで計算しています。結果は全く同じになります。

このシートは2つの値、すなわちリスク差RDと標準化したアウトカムの重要性を掛け算して総和を求めるという非常に単純なものです。

さらに、リスク差の95%信頼区間の値を用いて、総スコアの95%信頼区間を計算することもできますが、シートが大きすぎてここで示すのは難しいので今回は止めておきます。また、係数を掛け算した正規分布に従う変数の総和の分散を計算する必要があり、行列の計算が必要になります。ExcelではMMULT( )という関数があるので、計算は簡単ですが、ここで解説するには複雑すぎるので、やはり今回は止めておきます。

図のExcelシートはこちらからダウンロードできます。RR, OR, HRからRDを計算するためのExcelシートも入れてあります。

Gail/NCIの方法では二値変数のアウトカムしか扱えないので、連続変数のアウトカムも含めて正味の益を求めるには、二値変数に変換する必要がありますが、Keeney &RaiffaのSwing-weightingなどの方法を用いれば連続変数のまま分析することができます。Swing-weightingについては本ブログでも何回か解説しています(リンク1, リンク2)。Swing-weightingを用いたExcelシートもすでに作成してあり、各アウトカムに対する効果の相関も調整を実行できるシートも作成済みです。機会があれば公開しようと思います。また、Rを使う方法については”あいみっく”誌上で解説していますし(あいみっく40(2) 2019あいみっく40(3) 2-19)、本ブログでも取り上げています(上記リンク1、リンク2)。

益と害の大きさとバランス=正味の益を評価することは特に医療では非常に重要であり、比較効果研究Comparative Effectiveness Research (CER)でもNAMの定義に”比較効果研究は…益と害を比較するエビデンスの生成と統合を行うことである。”と述べられています

エビデンスの確実性の評価だけではその介入を実施すべきかどうかを決めるには不十分です。EBMの概念が導入されだした当初からEBM実践のStep 3は”エビデンスの妥当性とインパクトと適用可能性の批判的吟味を行う”となっています。すなわち、エビデンスの確実性と効果の大きさと非直接性の3つです。インパクトは定量的な大きさの意味を含んでいます。益と害の定量的評価 Quantitative Benefit Harm AnalysisあるいはQuantitative Benefit Risk Analysis/Assessmentは難しいと最初から拒絶されることが多いのですが、実は、掛け算して足し算するだけです。

最後に、益と害のバランス=正味の益を知るには、複数のアウトカムに対する介入の効果を知る必要があり、それらを総合して判断する必要があります。それがどういうことなのか考えてみてください。エビデンスの確実性もいままではひとつの主要なアウトカムに対する効果推定値に対してどれくらい確信を持てるかという観点で評価されてきていますが、複数のアウトカムに対する効果を総合的に考える際には、エビデンスの確実性はどのように評価したらいいのか考えてみてください。そして、正味の益の確実性とは?そして、3つ以上の介入を比較するには?

SoF tableから正味の益 Net benefitの分析へ-3

このシリーズの1回目で絶対効果、Gail/NCIの方法、2回目では銀行口座の残高を”正味の益net benefit”に例えて、金額が効果の大きさ、為替レートがアウトカムの重要性に相当することを解説しました。この3回目では、架空の治療薬と4つのアウトカムから、正味の益を計算する方法を解説します。

最初にピクトグラム(図1)を見ながら考えてみましょう。

図1.4つのアウトカムに対する効果を示すピクトグラム。100人単位。

高血圧に対する薬物療法をモデルとして、2つの益のアウトカムと2つの害のアウトカムに対する2つの治療(介入と対照)の正味の益を分析してみます。介入と対照はいずれもアクティブな治療を想定しています。あくまで益と害の大きさとバランス=正味の益の分析を理解してもらうための単純化したモデルで、ベースラインリスクの高い集団が対象と考えてください。

益のアウトカムは脳卒中予防と心不全予防で、イベントとしては脳卒中発症と心不全の発症になります。10年間の累積発症率で介入と対照の正味の益の差を分析します。絶対リスクからそれぞれの治療の”絶対正味益”を計算してから、それらの差を求めることもできますが、今回はリスク差 Risk Difference(RD)を用いて、対照と介入の差を求めます。なお、いずれの方法でも得られる結果は同じになります。

これらイベントは時間経過の中で生起する事象なので、生存分析の対象になります。図1の左上の“脳卒中予防”できた人数のピクトグラムを見てください。このピクトグラムは発症予防できた人を黒塗りにしており、発症した人は白で表しています。したがって、対照では、10年間の累積発症率は白の人の割合で示され、0.6になります。指数関数モデルを用いた場合、10年間の累積発症率が0.6の場合、ハザード率Hazard rateは-ln(1-0.6)=0.916になります。すなわち、イベントフリーの割合の自然対数を求めて、-1を掛け算した値です。正負を逆にすることで、ハザード率の値が大きいほどより強いハザードにさらされていることになり、早くイベントが起きていきます。逆に、ハザード率が小さいほど弱いハザードにさらされていることになり、イベントはゆっくり起きていくことになります。ハザード率の大小関係とイベントの起きやすさが同じ方向になるので、わかりやすくなります。

さて、1年単位のハザード率は10乗したらイベントフリーの率である0.4になる値の自然対数です。10年単位のハザード率が0.9163なのでこれを10で割り算し、0.9163/10=0.09163が1年単位のハザード率になります。この値を正負を逆にして、Exponentialを計算するとexp(-0.09163)=0.9124が1年時の累積イベントフリーの率に相当します。0.9123を10乗すると0.4すなわち10年時のイベントフリーの率になります。0.9123を10乗する代わりに、1年単位のハザード率を10倍して正負を逆にしてExponentialを計算すると10年時のイベントフリーの率になります。累乗は対数変換すると足し算になるので、このようになります。

ここではt時点のイベント率pからハザード率hr=-ln(1-p)で計算されること、逆にハザード率からイベント率を求めるにはp=1-exp(-hr)で計算できることを覚えておきましょう。また、m時点のハザード率はhr*m/t、m時点のイベント率は1-exp(-hr*m/t)で計算できるということを頭の片隅に入れておきましょう。ハザード率はイベントフリーの割合の自然対数で-1を掛けた値です、と覚えるのもいいと思います。なお、ハザード比Hazard ratioはハザード率の比です。

さて、10年間で脳卒中を予防できた割合は対照で0.4、介入で0.5でした。100人あたりで考えると、対照では100人中40人で脳卒中を予防できたのが、介入では100人中50人で脳卒中を予防できたということになります。“脳卒中予防”というアウトカムでは、リスク差Risk Difference, RDは介入群の絶対リスクー対照群の絶対リスク=介入群のイベント率ー対照群のイベント率=0.5 – 0.4 = 0.1となり、リスク比Risk Ratio, RRは介入群の絶対リスク/対照群の絶対リスク=介入群のイベント率/対照群のイベント率=0.5/0.4 = 1.25となります。

“心不全予防”というアウトカムについては、10年間で心不全を予防できた割合は対照で0.7、介入で0.6でした。対照では100人中70人で心不全を予防できたのが、介入では100人中60人で心不全を予防できた。“心不全予防”というアウトカムでは、リスク差Risk Difference, RDは介入群の絶対リスクー対照群の絶対リスク=介入群のイベント率ー対照群のイベント率=0.6 – 0.7 = -0.1となり、リスク比Risk Ratio, RRは介入群の絶対リスク/対照群の絶対リスク=介入群のイベント率/対照群のイベント率=0.6/0.7 = 0.857となります。

ここで、アウトカムの内容について考えてみましょう。上記二つのアウトカムはいずれも有益事象です。つまり、それが起きることが望ましいアウトカムです。したがって、介入の方が望ましいと言える場合は、RDはプラスになります。この例では、脳卒中予防のアウトカムについては、介入側が望ましく、心不全予防というアウトカムについては、対照側が望ましいという結果になります。異なるアウトカムに対する効果にトレードオフTrade-offがあるということになります。介入側の治療を選択すべきか、対照側の治療を選択すべきか、RDの値だけで決めるのは難しいように思えます。

さらに、害のアウトカムも2つ考えなければなりません。害のアウトカムは“めまい”、“頻尿”で、いずれも有害な事象です。益のアウトカムと同様に、効果指標を計算してみましょう。“めまい”については対照群の絶対リスク0.01、介入群の絶対リスク0.03で、RD 0.02、RR 3となります。頻尿については、対照群の絶対リスク0.02、介入群の絶対リスク0.01で、RD -0.01、RR 0.5となります。

これら害のアウトカムでもトレードオフがあり、“めまい”では対照の方が望ましく、“頻尿”では介入の方が望ましいということになります。

それでは、4つのアウトカムに対する効果全体を考慮した上で、介入と対照のどちらを選択すべきでしょうか?脳卒中の方が重要だと思う人は介入側の治療、心不全の方が重要だと思う人は対照側の治療を選ぼうと思うかもしれません。そうです、ここでアウトカムの重要性によって望ましい選択肢が異なってくるらしいということは言えると思います。アウトカムの重要性をどのようにして決めるかは別として、アウトカムの重要性が臨床決断に影響するということは正しいであろうと言えそうです。そして、ピクトグラムを見せられても、介入と対照の治療の効果の差、ベースラインリスクを含む絶対リスクは直観的にとらえることができるが、意思決定はそれだけでは、難しということも言えそうです。

それでは、アウトカムの相対的重要性を設定し、図1の介入の効果の場合の正味の益を計算してみます。

図2.リスク差(RD)とアウトカムの重要性から正味の益を計算する。

この図2の例では、アウトカム1~4に対してリスク差RDとアウトカムの重要性を示しています。そして、RD×アウトカムの重要性を計算してから、それらの総和を計算し、アウトカムの重要性の合計で割り算しています。RDは介入群の絶対リスク-対照群の絶対リスクとして計算しています。

また、アウトカムが有益事象でRDがプラスで大きな値ほど望ましい場合は、正負は変えず、アウトカムが有害事象でRDがマイナスでより小さい値ほど望ましい場合は正負を逆にしてから総和を計算しています。マイナスでより小さな値とは、絶対値はより大きな値を意味します。例えば、アウトカム1の場合、“脳卒中予防”という有益な事象なので、RDがプラスで大きいほど望ましいと言えます。したがって、RD×アウトカムの重要性の値は正負を変えずそのまま総和を計算します。アウトカム2も同様です。アウトカム3は“めまい”という有害な事象なので、RDがマイナスでより小さい値ほど望ましいと言えます。したがって、RD×アウトカムの重要性の値は正負を変えて、総和を計算します。アウトカム4も有害な事象なので、3と同様に、正負を変えて総和を計算します。、

さらに、アウトカムの重要性は最も重要なアウトカムを100にし、最も重要でないアウトカムは0として、相対的に値を0~100の間に設定しています。アウトカムの重要性は個人の価値観によって決まるので、人によって結果が変わりえます。そして、上記の総和の計算の後、アウトカムの重要性の総和で割り算しています。これは、アウトカムの重要性の値を合計したら1になるように標準化と呼ばれる処理です。RDは1の値が最大で、‐1が最小になります。もし、すべてのアウトカムについてRDが1の場合は、その介入が最善となりますが、正味の益は1となります。このような処理を行うことにより、アウトカムの個数によらず、正味の益は0~1の範囲の値になります。

正味の益の計算式:K個のアウトカムの場合: *は掛け算を意味します。


Fkはアウトカムの内容が有益事象の場合1、有害事象の場合-1とします。

この例では、対照に対して介入によって得られる正味の益は0.031となり、介入の方を選択すべきであるという結果になりました。なお、正味の益を100倍すると100人あたりで、正味の益を受ける人数になります。

さて、Gail/NCIの方法では、アウトカムの重要性を以下の様に3段階に設定しています。1列目の値をメインに用い、2~4列目の値は、感度分析に用います。

W1 Very important outcomes (life-threatening)  1  1      1     1 
W2 Moderately important outcomes (severe)   0.5  1      1    0.5
W3 Not important outcomes (others)              0  1      0    0.25

次に、アウトカムの重要性をRDに掛け算する前に、標準化を行ってから計算してみます。結果は同じです。

図3.アウトカムの重要性を先に標準化してから計算する場合。

アウトカムの重要性を標準化した場合でも、アウトカムが有益事象でRDがプラスで大きな値ほど望ましい場合は、正負は変えず、アウトカムが有害事象でRDがマイナスでより小さい値ほど望ましい場合は正負を逆にしてから総和を計算します。この点は先ほどの、標準化しないアウトカムの重要性で計算する場合と同じです。

正味の益の計算式:K個のアウトカムの場合。      

Fkはアウトカムの内容が有益事象の場合1、有害事象の場合-1とします。
先ほどの計算と同じ結果が得られます。

この例では、正味の益はプラスで介入が望ましいことがわかりました。

難しそうに見えますが、リスク差(RD)はランダム化比較試験のシステマティックレビュー/メタアナリシスの結果から、アウトカムの重要性は個別に設定して、アウトカムごとにそれらの積(掛け算した値)を計算し、アウトカムが有害事象か有益事象かによって正負を設定して総和を求めるだけです。

次回は、より一般化したExcelの計算表を作成しようと思います。