前立腺癌のPSAによるスクリーニング

US Preventive Services Task Force (USPSTF)は55歳から69歳までの男性の前立腺癌のPSA (Prostate Specific Antigen)の定期的検査によるスクリーニングは個別に適用すべきであると、その推奨GradeはCになっています。

一方、前立腺癌の発症は数多くの遺伝子がかかわっているpolygenicな機序によることが明らかにされています(1)。Schumacher FRが筆頭著者ですが、この研究には世界中の139施設が参加しており、多数の著者による、国際規模の一大研究の論文です。

さて、2019年Callender Tらは年齢とpolygenic profileに基づき、前立腺癌のリスクを推定し、リスクの程度によってPSAによるスクリーニングの有効性を解析した論文を発表しました(2)。10年の前立腺癌の発症リスクが4%になると、上記の年齢で4年ごとのPSAスクリーニングと比べ、過剰診断が3分の1減少するが、死亡は6.3%少ないだけという結果でした。費用対効果もすぐれており、一律にPSA測定によるスクリーニングを行うより、リスクで層別化して一定の閾値以上の場合、スクリーニングを実施べきではないかという結論です。

ポピュレーション全体で解析するとベネフィットがハーム(益が害)を上回るといえない場合でも、一定以上のリスクの亜群(Subpopulation)では正味の益が得られるということは他の状況でもありえます。Precision Medicineの方向へ進むことが必要なことは明らかです。それをどのような方法で証明するのか、どのような研究手法が必要なのか、考える必要があります。Callender Tらの研究は、”Benefit-harm and cost-effectiveness modelling study”とタイトルにも書かれている通り、実際に新たなデータを収集した訳ではありませんが、意思決定に有用ではないかと思います。

文献:
(1) Schumacher FR, Al Olama AA, Berndt SI, et al: Association analyses of more than 140,000 men identify 63 new prostate cancer susceptibility loci. Nat Genet 2018;50:928-936. PMID: 29892016
(2) Callender T, Emberton M, Morris S, Eeles R, Kote-Jarai Z, Pharoah PDP, Pashayan N: Polygenic risk-tailored screening for prostate cancer: A benefit-harm and cost-effectiveness modelling study. PLoS Med 2019;16:e1002998. PMID: 31860675

EBM 2019年

“Evidence-Based Medicine: How to practice and teach EBM”という本はSackett DLが第一著者の初版が1997年に出版されました。その後、2000, 2005, 2011年と改訂版が出版され、 2019年に第5版が出版されました。もうSackett先生の名前は著者に入ってませんが、Dedication: This book is dedicated to Dr. David L. Sackett.と書かれています。Sackett先生は2015年に他界されました。

Straus SE, Glaszious P, Richardson WS, Haynes RB: Evidence-Based Medicine: How to practice and teach EBM. (5th edition) 2019,  Elsevier Ltd., New York.です。

初版から22年経過し、その間には社会に、医療に、医学に大きな変化がありました。特にICT (Information and Communication Technology)の発展・普及、患者中心の医療、さまざまな疾患の病態の解明と新しい診断法・治療法の開発と実用化、介護・医療制度改革、医学研究や医療の情報量の増大、等々です。

EBMは医療者個人の医療の実践体系ととらえられ、個人でクリニカルクエスチョンに基づいて、文献検索を行い、関連のある研究論文を見つけ、批判的吟味をして、エビデンスを活用するというステップで考えられてきたと思います。しかし、医療情報が莫大になり、検索は簡単にできても、関連のある文献を選定する作業に時間がかかりすぎるようになってきました。さらに、それを読んでまとめるとなると非常に時間がかかり、ひとりでできる作業ではなくなってきています。医療でEBMを実践することが、個人ではできない時代になりつつあるのではないでしょうか?

下の図に示すP5のレベル3の診療ガイドライン、レベル4のレベル1~3をまとめたもの、などを情報源として用いれば十分やっていけるという考えもあるかもしれません。レベル4はUpToDate, DynaMed, Medscape Reference, Best Practice, Micromedexなどがリストアップされています。

”医療上の疑問が生じた際に、タイムリーに科学的に妥当な、最新の情報を、短時間で理解できる内容にまとめた形で、入手して、意思決定に適切に用いられるようにするにはどうすればいいのか?”それには、医師、看護師、薬剤師など医療提供者だけでは実現できません。医療提供者、医療利用者など当事者だけでなく、ICT技術者、ICT企業、出版社、クラウドサービス提供企業なども協働で参加しないとできないでしょう。

今後はレベル5のSystemsを追求すべきで、さらにエビデンス生成の分野も統合して、…こんな風に考えながら、このEBMの本のEBHC Pyramid 5を眺めているところです。

どんどん変わっていきますね。Take a “P5” approach to evidence-based information accessって書いてあるんですね。

P5というのが面白いでしょ。一番上の5.Systemsって最初何のことがわからなかったけど、これってGAFAが隆盛を誇っていることとも関係してるよね。そう思わない?P4 medicineというのもあるけど。 predictive, preventive, personalized, and participatoryって言うんだけれど。これは、Pyramid 5なんだ。

ハハハハ。面白い。Google, Apple, Facebook, Amazon!医療情報の検索はiPhoneからGoogleで、論文の内容はAIがまとめます、ドクター探しは、Facebookで、医療費の支払いもリブラで、お薬はAmazonで、ですか?それはどうかな?

でも彼らが本気で取り組めばできるんじゃないかな?資金も技術力もあるし、タレントを世界中から集められるし。

第4版では、Take a “6S” approach to evidence-based information accessになってますね。わかりやすくするために番号を付けると、一番上が(6) Systems: Computerized decision supportになってますよ。
次が、(5) Summaries: Evidence-based textbooks, (4) Synopses of syntheses: Evidence-based journal abstracts, (3) Syntheses: Systematic reviews, (2) Synopses of studies: Evidence-based journal abstracts, (1) Studies: Original journal articlesの順ですね。

こういうのは第1版、第2版には少なくともなかったね。

Synopsis、summary, abstract概要、抄録などを見ればいいのではないかと思えてしまうよね。他の人たちが批判的吟味を行ったその結果のまとめという意味だね。結論に至った過程を信用して。。自分の頭では考えないで。。

EBM実践のステップについても、Step 3にエビデンスの妥当性とインパクト(:効果の大きさ)の批判的吟味を行うことが述べられています。この”効果の大きさ”は意思決定には非常に重要な項目です。しかし、”患者の価値観に基づいてBenefit and harmあるいはBenefit and riskを明らかにして”というような表現はStep 4にはまだ取り上げられていません。

でもこれよくできてますね。しかも、これはずっと変わっていないですね。

わかる?Impact (size of the effect)って書いてあって、エビデンスの確実性、ここでは妥当性validity (closeness to the truth)って書いてあるんだけど、それの批判的吟味を重要と考え効果の大きさのことはあまり考えない人が多いので、ここのところはいいなって思ってるんだ。

そうですよね

個人レベルでのBenefit and harm益と害の大きさを判断するには概要や抄録の結論だけでは無理ですよ。health literacyヘルスリテラシーとnumeracyニューメラシーの理解の深さがどこまで求められるかよく考えないと。

今後は、SynopsisやSummaryが個人個人の意思決定に必要な数値データを提示する必要があるんじゃないかな?

EBMの定義については、以下の様になっています。(下の方の3つの項目は自分の解釈です。)

これは巻末の用語解説に書いてあるもので、最初のIntroductionの冒頭にも”What is evidence-based medicine?”と書いてあって、”Evidence-based medicine (EBM) requires integration of the best research evidence with our clinical expertise and our patient’s unique values and circumstances.”なんて書いてあるんですよ。これは”EBMは最善の研究エビデンスと我々の臨床的専門的技能・知識と患者さん固有の価値と状況と統合することを必要とする”ということだけを述べています。

ふーん、なるほど。最初の部分がないんですね。最初の部分も重要だと思うんですけどね。状況というのはその患者さんの置かれた状況のことらしいですね。

このあたりの記述もずっと変わっていないですね。

1998年のMulrow CEの臨床決断に関与する要素にはほぼ同じような内容が示されていました。

さて、最後にForeground questionsとBackground questionsについてわかりやすい説明があります。今回はこれで最後です。

The six characteristics of CER

IOMの定義する比較効果研究Comparative Effectiveness Research (CER)の6つの特徴は:

  1. CER directly informs a specific clinical decision (patient perspective) or a health policy decision (population perspective).
  2. CER results are described at the population and subgroup levels.
  3. CER compares at least two alternative interventions, each with the potential to be “best practice.”
  4. CER employs methods and data sources appropriate for the decision of interest.
  5. CER is conducted in settings that are similar to those in which the intervention will be used in practice.
  6. CER measures outcomes – both benefits and harms – that are important to patients.

”CERは特定の臨床決断(患者さんの観点)あるいは健康方針決定(ポピュレーションの観点)に直接情報を与えるものである”ということです。”直接”という意味は、そのまま意思決定に用いることができるということです。

”CERは患者さんにとって重要な益と害のアウトカムを測定する”ということです。

診療ガイドライン作成において、推奨作成に向けての作業はまさにCERですね。CERはエビデンスの生成だけでなくエビデンスの統合も含みますから。

文献: Velentgas P, Dreyer N, Nourjah P, Smith S, Torhia MM, ed : Developing a protocol for observational comparative effectiveness research: a User’s guide. AHRQ, 2013, Rockville. PubMedリンク

比較効果研究CERと診療ガイドライン作成

比較効果研究Comparative Effectiveness Research (CER)のNAM National Academy of Medicine (旧IOM Institute of Medicine)の定義は、“比較効果研究CERは臨床状態の予防、診断、治療、モニターのためあるいはケアの供給を改善するための方法の選択肢の益と害を比較するエビデンスの生成と統合を行うことである。CERの目的は個人および集団の両方で、消費者、臨床家、購入者と政策決定者が、ヘルスケアを改善するであろう、情報を与えられた上での決断を支援することである。”です。以前の投稿で述べたとおりです。

一方、診療ガイドラインのMindsの定義は、WHOやGRADE Working groupと同じですが、”診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書”です。(Minds診療ガイドライン作成マニュアル2017」)

CERは一次研究だけでなくエビデンスの統合も含まれます。つまり、システマティックレビュー/メタアナリシスもCERになる可能性があります。CERの目的のひとつは”個人および集団の両方で、…情報を与えられた上での決断を支援すること”になっています。ここには”推奨”という言葉は出てきませんが、”決断を支援する”、つまり”意思決定を支援する”ことが目的であることが明確に述べられています。

ひとつのクリニカルクエスチョンを取り上げてみると、診療ガイドライン作成における、システマティックレビューまでの過程をひとつのCERと呼ぶことにはあまり異論はないのではないかと思います*。また、患者さんの参加という点でもCERと共通点があります。推奨作成の過程も科学的に進めることができるのであれば、推奨も含めてひとつのCERであると言っていいのではないでしょうか。このような考えを認めるのであれば、”診療ガイドライン作成はCERを行うことである”ということになり、診療ガイドライン作成に参加され尽力された方の学問的業績として取り扱うべきであるということになります。

システマティックレビュー/メタアナリシスの論文として発表するだけでなく、決断分析なども含めた推奨までの過程をCERの論文として発表することを今後推進すべきではないでしょうか。そうすることで、推奨作成の過程も含めて、ピアレビューを受けたうえで、出版され、それらの蓄積を束ねる形で、診療ガイドラインを作成することが可能になります。

文献:——–
Asche CV ed.: Applying Comparative Effectiveness Data to Medical Decision Making: A Practical Guide. 2016, Adis (Springer International Publishing Switzerland) この本にはCERの定義について、IOMだけでなく、NIH、AHRQ、PCORI、Federal Coordinating Council for Comparative Effectiveness Researchの定義も記載されています。

*もともとIOMは2011年の時点で、システマティックレビューの定義のなかで、システマティックレビューは”scientific investigation”科学的研究であると述べています。 ”A systematic review is a scientific investigation that focuses on a specific question and uses explicit, preplanned scientific methods to identify, select, assess, and summarize the findings of individual, relevant studies. ” (Clinical Practice Guidelines We Can Trust, 2011) また、多くのシステマティックレビュー/メタアナリシスの論文がさまざなジャーナルに発表されていて、システマティックレビュー/メタアナリシスは学問的な活動の成果であることについては異論はないと思います。さらに、CERの条件にあえば、CERとしても成立します。